Amygdala

Turns on

「拡張少女系トライナリー」という早すぎた恋愛RPG、或いはアイロニカルな没入について

 

 

白い画面に何か書き記したいという想いのままに、いくつものブログや個人サイトを開設しては何度か更新し飽きて放置するという行為は数年ないし十数年以上のインターネット歴を持つ人々にとっては普遍的に共有できる衝動のように見受けられる。

私にとってそれは「帰宅部活動記録」(帰宅道)という作品であったり、英国の音楽グループである「Soft Machine」(Chronicles of the Soft Machine's Live)という人々に対して向けられる衝動として、この5年間に何度か表出した。後者のブートレグレビューブログに関してはいつでも更新再開可能なのだが、前者に関しては諸事情あって更新は事実上凍結している。このことについてはまた項を改めたい。

 

さて、三度目の正直とばかりに縛りをなくしたノンジャンルのブログを開設するにあたって初期衝動となるような作品との出会いがあったので、少し長くなるがここに紹介させてもらいたい。

 表題の通り「拡張少女系トライナリー」という作品はガスト / コーエーテクモゲームスによるスマートフォンRPG、いわゆるソーシャルゲームである。諸事情あって仮想現実内の戦いに身を投じている5人の少女たちをプレイヤーが精神的に補助し交流を深めていく、という主に男性向けの恋愛シミュレーションゲーム(追記:性別の選択肢があり女性も楽しめる作品であるという指摘があった、その通りです)、下世話な言い方をすれば「バトルガールもののギャルゲー」というジャンル。作風は異なるが近年の「スクールガールストライカーズ」や「ららマジ」などの系譜にある作品である。

 

 

23歳にもなってまるでこういった作品に触れてこなかった恥を承知で告白するならば私はヒロインたる5人の彼女たち、特にそのうちの一人である恋ヶ崎みやびに心底惚れ込んだし、この世界観にもとことんハマった。「俺の嫁」を1クールごとに変えるオタクたちを常に嘲笑しているつもりでいた自分がいわゆる「二次元の女の子」にこれほど心動かされる事実に戸惑いすらあったが、ちょうど個人的な環境、精神的変化もあり、いつしかこの疑似的な愛の形に没入感を覚えていった。

そして昨日(2018年6月27日)この作品の2018年8月31日付でのサービス終了が告知された。

 

サービス開始が2017年4月12日であるため、結果的にこの作品が公開されたのは1年4ヶ月というとても短い期間となる。私はtwitterのフォロワーがアップしていたスクリーンショットから興味を持ち、2017年の8月にインストールしたため少し出遅れはあったものの、十分リアルタイム感をもって接することができたことは幸いであった。

ちなみに以前帰宅部活動記録のファンサイトを作ったきっかけは原作の連載終了である。そして新たなこのブログを始めるきっかけはトライナリーのサービス終了である。何かを失わないとやる気が出ないという点で悪い癖が如実に出ている。

 

ここでこのアプリゲームを「作品」とあえて繰り返し呼ぶ理由はいくつかある。まず大きな特徴としてストーリーの導入としては豪華すぎるほどのアニメーションが東映Animation / feel.によって制作されており、毎週水曜日に「アニメ+ストーリー」という形式で配信が行われるというマルチメディア展開がなされていた。

また、メインストーリー重視のゲームバランスながらそのストーリーは非常に重厚かつ複数の解釈を可能とするものであり、プレイヤーの選択肢によって無数にストーリーが分岐し、なおかつやり直し不可能な部分も多い。さらにはプロデューサー土屋氏によって練り上げられた裏設定の豊富さ、キャラソンの充実した内容、アンケートによってゲーム展開を変える「総意制度」、アプリ全体の優れたデザイン性など、全てにコンテンツとしての美意識が貫かれている。

この早急とも思えるサービス終了も、サービスの質を落としてまで晩節を汚すまいという美意識からくるものだとすれば、仕方がないと言わざるを得ないのかもしれない。

 

しかし思えば、この作品はどう考えても一般受けしないものだったように思う。

訂正しよう、「この作品はソーシャルゲームとして展開していくことに限界があったように思う。

 

 以下多量にネタバレ含みます。また、難解かつまだすべての設定が明らかになっておらず筆者も内容について把握しきれてないので誤り等多々あると思います、読み飛ばし可。

 

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 まず前述したようにストーリーが非常に難解である。まずプレイヤーが接するのがナビゲーター「千羽鶴」(ちはる)であるが、彼女はいきなり「ヒロインたちと結婚してほしい!」と切り出す。そこでチュートリアルとして各ヒロインたちの紹介が行われ、アニメでは主人公「逢瀬つばめ」(おうせ-)が上京した先で「フェノメノン」という人々を洗脳する超常現象に見舞われつつもそれを収束させてしまい、フェノメノン内に唯一干渉可能な能力を持つ特殊部隊「トライナリー」に入隊する様を描く。当然のことながらトライナリーは美少女しかいない。(大事なことである。)

しばらく戦闘シーンを挟みつつ他の隊員「国政綾水」(くにまさあやみ、通称アーヤ)、「ガブリエラ・ロタルィンスカ」(ポーランド枠である)、恋ヶ崎みやび(こいがさき- )、卯月神楽(うづきかぐら)やクラスメイトとつばめとの甘酸っぱい交流が描かれる。百合展開も多いので一部読者には安心されたし。

しかしストーリーを進めるごとににわかに物語はきな臭さを帯び始める。

 

実は日本は技術をめぐる第三次世界大戦によって荒廃しており(シュタゲに近い設定)、つばめから分離した人格である千羽鶴は、過去のつばめが発症した特大フェノメノンによって覆われ世界から干渉不可能となった日本(つばめの願望に従って大戦前の様子を疑似的に再現している)を支配し「1984」ばりの管理社会を構築するためにプレイヤーたちを利用し、ヒロインたちを精神的に支配しようとしていたことが途中で明かされる。つまり今まで描かれていた世界は全てつばめの妄想の具現化だった。

また千羽鶴はつばめが心酔する歌手「FreyMENOW」こと卯月神楽とつばめを引き合わせ親友にしたうえで神楽につばめを殺害させることで、自らが本体に成り代わる計画を立てていた。トライナリーたちの頑張りの結果その試みは失敗に終わり、神楽とつばめの友情は保たれ、千羽鶴は無害化され、日本では相変わらず一般の発症者によるフェノメノン退治をトライナリーたちが続けることを示唆し「俺たちの戦いはこれからだ!」展開でアニメは終わる。

 

そしてアニメでは示唆的にしか描かれず理解不能な部分がストーリーでは次々に明らかにされる。アーヤ、ガブリエラ、みやびは日本全体を覆うフェノメノンを収束させるべく国際社会から送り込まれたエージェントであったが、ミイラ取りがミイラになった状態でフェノメノンに洗脳され、あろうことかプレイヤーたちお馴染みのキャッキャウフフの学園生活を送っていたのである。

つまりプレイヤーがコツコツ交流を重ねてきた彼女たちはつばめの価値観に洗脳された存在であり、プレイヤーはヒロインたちの幸せを願いつつも「洗脳前の彼女」たちの人生を奪っていることに苦しむ。

さらに日本の外では国際社会の重役たち、通称「彼ら」が世界統一を目標とした「ミレニアム計画」を遂行中であり、プレイヤーたちの思い入れがあるフェノメノン日本は風前の灯火という有様。

 

また、作中ではヒロインたちの松果体(甘美な響きである)と連動した装置によりプレイヤーが彼女たちの心の中にいる人格とコミュニケーションをとることによって彼女たちの葛藤を処理し決断を促すという展開が一貫して描かれるが、心の中で出会う彼女たちの各人格がまるで別の意見を持ち、選択するプレイヤーたちの葛藤を煽る。作中に登場する逢瀬つばめの人格だけで5人に及び、彼女たちの意見を選択することで不可逆的にその後の展開が変化する。おそらくハッピーエンドもバッドエンドも用意されていないトゥルーエンドしかないゲームなのだ。

 

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展開が複雑かつ時系列もバラバラに展開するため、非常に雑多な説明になってしまったが、よくぞここまで量子力学、AI、AR、シンギュラリティ、ゾルタクスゼイアンなど旬の要素を古典的なディストピアと組み合わせて効果的なストーリーを生み出したものだと思う。

またヒロインたちのセリフ一つとってもPC技術、プログラミング用語に関する知識が問われ、私自身専門外の内容を理解するのに難儀した。

途中からナビゲーションは千羽鶴から主にアーヤの姉で研究者の「国政領火」(くにまさえりか)に移行するが、彼女の諧謔的かつより専門的な語り口を理解できるユーザーが多くないことは想像に難くない。私もよくわかってない。

つまり内容が時代を先取りしすぎていて、ついていけるユーザーが少ないのだ。

上記の通り、メインストーリーはヘヴィかつ辛い決断をプレイヤーたちに要求することが多い。今後の展開のために一度選んだプレイヤーの選択を放棄するように迫る展開すらある。

おそらく、単純なイチャイチャを期待したユーザーからすればこういった展開は「全然嬉しくない」ものだったように思える。

 

 また、ゲームシステムにも若干難があった。

途中から緩和されていったものの、アイテムやイベントポイントなどを得るためのバトル一回のACT消費が非常に早いため再び活動可能となるまでプレイヤーは長時間待つ必要があり、特に期間限定イベントの報酬ストーリーを見るためには膨大な数のバトルをこなさなければならない。

実際、年末の私情で忙しい時期に空き時間でプレイする程度ではまるで報酬ストーリーにたどり着かなかった。

ソシャゲお馴染みのガチャに関しても、10連ガチャを回すために必要な課金額は実質3000円ほどで財布に優しいとは言えず、通常プレイにおいて石を貯める方法も非常に限定的である。私は平均して月1500円~3000円ほどの課金をしていたが、個人的には進行上の不足を感じた。愛が足らないと言われればそれまでですが。

このゲームにおいてバトル要素はおまけであるために諸条件が厳しいともいえるが、そのシビアさが間口の狭さにそのまま繋がってしまったことは否定できないように思う。あと全体的に動作もなんか重いですね。

 

しかし私はこの作品のそんな偏屈ともいえる作風が大好きだ。始めてプレイした恋愛ゲームということもあって贔屓目にはなるが、安易にデレず一筋縄ではいかないヒロインたちがとにかく魅力的である。悪魔的と言ってもいい。

その中でプレイヤーはヒロインたちが都合よく洗脳されていることを知りつつもそんな彼女たちを愛することをやめられないという「アイロニカルな没入」を要求される。エージェント時代のヒロインたちのように世界統一による千年帝国を目指す全体主義に心酔するか、「一方通行の楽園(ゾルタクスゼイアン)」というとびきりのまやかしの中で生きていくか、を選択するという「マトリックス」にも通ずるストーリーにもどこか醒めた視点が感じられる。

ここまで書いておいて一つ付け加えたいのは、この作品のメインストーリー更新はまだ続いているということである。あと2ヶ月という限られた時間で、この先の物語がどうなっていくのか非常に興味をそそられるし、純粋に楽しみである。

 

当作品はストーリー毎週更新や各ヒロインがtwitterアカウントでつぶやくなど「リアルタイム感」や「実在感」という部分にこだわりがあった。一般的に流通しないファングッズはガストショップで購入でき、全般的に高価ながらプレイヤーとヒロインたちの思い出を演出するような秀逸なものが多い。一個92000円の特注オルゴールにはさすがについていけませんが。

もし可能なことなら、どこぞのアイドルゲームのようにサービス終了後ノベルゲーとして復活したり(脚注:まだ復活してないという指摘があった、確認したところまだ復活していなかった)、ファン向けの小規模生産でいいのでボイドラ的な作品やファングッズなどを引き続き作ってほしいと願ってしまう。このとびきりのまやかしをここで終わらせるのは、あまりも惜しい。

 

拡張少女系トライナリー」のような複雑で時系列を行ったり来たりするストーリーはミニマルな快感を求められるソーシャルゲームには向いておらず、むしろパッケージとしてシリーズ化した方が支持を得られるように思える。しかし当作品はソーシャルゲームという媒体を活かすこと、あくまでもユーザーのリアルタイムなフィードバックで変わっていくことにこだわり駆け抜けた。

とにかく私が残念に思うのはいつか再評価されるべきこの名作に時代が追いついたとき、それを再確認するすべがないことなのだ。