Amygdala

Turns on

他人の海外旅行に「いいね!」を押さないために

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なぜ、SNSで日々流れてくる他人の海外旅行の写真はとても退屈なのだろう。

知らない外国人に囲まれてニコニコ笑う知り合いの顔、スマホの小さな画面越しに見る観光名所、カラフルな料理と魚たち。この情報過多社会はそれら全てを記号のように味気なく変換し、広重の浮世絵を見ている方がはるかに面白いという状況を逆説的に発生させている。

 

日本の、それも関東平野すらろくに出たことのない私がヨーロッパ各地を巡る約一ヶ月間のツアーに行くことが決まったのは、今年のまだ雪がちらつく時期だった。知り合いの知り合いという程度で面識のなかった10歳ほど歳上のミュージシャンから唐突に「ヨーロッパに行けるベーシストを探している」と誘われたのだった。

特に断る理由もないが、私はベースを持っていない。*1そもそも金欠のあまりDTM機材もパソコンもベースもギターも売り払っており、持っているのは打痕だらけのオルガンくらいなものである。

そんな状況なのでまずオルガン奏者として彼らのライブに参加することになった。これはまぁまぁ楽しかった。

 

その後、ツアーに備えセカンドストリートでメーカーもわからぬ5000円のベースを購入。ツアー後はヨーロッパで売り払い荷物を減らす算段である。

しばらくそれをスタジオで使用していたが、そんな安物をヨーロッパまで持っていこうとする不心得な姿勢を見かねた知人がFenderのプレシジョンベースを貸してくれることになった。

うかうかしているうちに彼らの新譜LPもヨーロッパで発売され、10月終わりから12月初めまでの渡航も決まった。8ヶ国ないし9ヶ国をめぐり、30公演ほど行うツアーだ。渡航費を溜めるために某オルゴール等の購入は断念したりしたが、まあ仕方のないことだったのだと思う。愛という名のドープを買うには金がいる、というだけの話だ。私は別のドープを買ったというわけだ。

そんなこんなで渡航の日はあっという間にやってきた。ここからは日記形式で綴りたい。

 

10/28  成田-モスクワ-ローマ
10時15分、成田空港のアエロフロート窓口にてリーダー以外のメンバーが集合、荷物を預ける手続きを行う。今思えばこの時点で全ての歯車が狂い始めていたのだったが、誰も気付く者はいない。
昨晩パッキングした荷物の重さはベースやギターのハードケース含め全て30キロ以下であり、我々は余裕をこきながら待っていたのだが、サイズの確認後職員から伝えられた超過料金はなんと3人で9万円という法外なものだった。*2格安の航空券を手配した際に起こる悲劇のひとつである。今回はアエロフロートモスクワ空港に向かい、アリタリア航空でローマ、フィレンツェを経由する二社使用経路のため、サイズ超過した荷物の輸送費が倍プッシュされるということを誰一人知らなかったのだ。この時点で全員の気持ちが激しく萎えるが、今更変更も出来ないので領収書だけを保管しそのまま向かう。
 
12時20分、成田-モスクワ間飛行機が出発。9時間半ほどかかる見込みだが、当然エコノミーなので血栓や痔の恐れがある。だが特に対策出来ることはないので、諦めて親鳥の帰りを待つヒナのごとく機内食に期待する。
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日本海上空で備え付けのクソゲーに興じる。退屈な時の流れをより一層深く感じさせるような仕上がりにはある種の感動すら覚えるが、まだ超過料金のダメージを引きずっておりあまり楽しめない。
 
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カバロフスク上空あたりで機内食拝領。ビーフ煮込みと麺、寿司サラダになぜかパン。ケーキと食後の紅茶。
16時半ごろバイカル湖付近の上空を通過。氷の大地が美しい。
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機内でイーストウッド監督作「15時17分、パリ行き」を鑑賞。(メモにはイーストウッドのパリ行きのアレと記されている)、なんだか我々と似たようなシチュエーションで過激派のテロに遭う主人公たちを観て不安になる。
19時半、不慣れな飛行機にいい加減ウンザリしてくる。だがロシアの大地はひたすらに広大で、モスクワは遠い。
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20時、機内食拝領。白身とエビのグラタン的なもの、シーフードサラダ。パン、コーヒー。
空が明るいままなので今何時なのか全く感覚が失われている。
 
21時半、モスクワ空港に到着。人生初の海外だが、長髪で怪しげな服装のアジア人たちは降りて早々にロシアンロリたちのゴミを見るような視線に晒される。
そのまま急いでアリタリア航空の乗り換え窓口に向かい荷物の引き継ぎ書類を提出するもロシア人職員たちは書類を一瞥するのみでそのまま窓口を通過、我々も特に疑うことなくローマ行きの便に搭乗。しかしこれがのちに大きな悲劇を生むことになる。
 
27時ごろローマに到着。現地時間では21時くらいだ。
現地時間22時にツアーマネージャーが待つフィレンツェ空港に到着。だが、預けてあるはずの荷物や機材が一切出てこない。一気に吹き出る冷や汗。
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窓口に拙い英語で荷物がないことをまくし立てると、ウンザリした様子の職員に書類を書くよう伝えられる。ツアーマネージャーのエド(仮名)に事情を電話してもらい、不安と手荷物だけを抱え空港の駐車場でエドの車に乗せてもらう。
エドエレクトロニカとワサビを愛する物静かでクールな男だ。彼の運転で投宿先に着いた頃には日本を出て20時間以上が経過していた。
 
とても綺麗で文化的な雰囲気の家だが、空調がなく寒い。荷物も機材もなく不安と寒さに震えながらTwitterを開き、いつもと変わらぬ調子で流れ続ける二次エロの数々にほんの少し安心を覚えたあたりで即寝成仏。
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 10/29 フィレンツェ

明け方、寒さと激しい雷雨の音で目が醒める。

荷物はやはり空港職員の怠慢でモスクワに足止めされているらしく、最悪31日のライブまでに間に合えばいいと諦めてエドの案内でフィレンツェ観光に赴くことにする。

丘の斜面一面に広がるオリーブ畑が美しい。

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フィレンツェの街はやはり美しい建築が売りのイタリアらしい観光地らしく、巨大な教会やレコード屋に寄ってしばし楽しむ。

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レコード屋で60sイタリアンビートポップグループのリイシュー盤を購入。

昼食は屋台のパニーノ・ランプレドット(牛の胃のスパイシー煮込みをパンに挟んだもの)とワイン。意外な組み合わせだが、モツ煮好きとしてはたまらない。

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本場のジェラートに感動、これからあまりチャンスがなさそうなので市場で日持ちする土産を購入したりとしばし荷物の不安を忘れ普通の観光客として振る舞う。

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だが、フィレンツェの街で4つ星ホテルのトイレを借りたりしているうちに突如空が暗くなったと思うと逃げる暇もなく雷と共にシャワーのような横殴りの雨が我々を襲った。着替えは全てモスクワだが一瞬のうちに全員が全身ずぶ濡れになり行動不可能、嵐の中投宿先に避難する。

やっとの思いで投宿先に着くと電気がつかない。なんと先ほどの嵐で停電しており、携帯の充電もWifiも使えない状況になってしまっていた。また、他のメンバーはフィレンツェの街で拾った野良WifiによってFacebookアカウントをハックされ、ログインすらできない有様。そして全員相変わらず体はずぶ濡れのまま、なんとも言えない嫌な雰囲気が広がる。

暗闇の中キャンドルを発見し、なんとか火をつけるとエドが「Emergency lightを見つけた!」と言って馬をどこからか持ってきた。濡れた体に乾いたユーモアが染み渡るが、マジで暗い。

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イタリア語でしきりに誰かと連絡を取り合っているエドが「サプライズがある!」と言って我々を集めた。嫌な予感がする。

それはツアーエージェントのルカの通達ミスにより31日に予定されていたローマ公演が明日30日に変更になったという内容だった。そして時を同じくしてリーダーと我々の機材を乗せる予定の便が先程の嵐で欠航したという知らせも入ってきた。様々な問題が同時進行で起きているうえに、誰も全貌を把握しておらずWifiで連絡も満足にとれない。エドにスケジュールの件を訪ねても、俺はドライバーなのでそこまで知らないとのことだった。俺のココロには今まさに重大な葛藤が生じていたが、それを解決してくれるBotさんやら司書さんとらやらはイタリアにおけるサービスを行なっていないらしい。普段喋れるはずの語彙も出てこないほどに頭が混乱し、服も臭い始めそうでストレスも膨らみ続け、何を最初に解決すべきかわからなくなった。パニックに近かった。

 

とにかく明日の公演に必要なレンタル機材のリストをルカに通達してもらい、フィレンツェの駅から3駅先の別の投宿先に向かうことになった。駅で乗り方と行き先の駅名をエドに細かく教えてもらい、そこで別れた。

行き先の駅で我々を迎えたのがツアーエージェントのルカだ。涙目ではないのだがテンションがやたら高く口が達者で、自分の失敗も勢いで押し切ろうとするのでなかなかの曲者である。

彼の車に乗ってツアーの物販、150枚のLPを受け取り新しい投宿先に向かう。そこも清潔で広く、パスタとビールでもてなされる。パルミジャーノかけ放題はイタリアらしく嬉しい。

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また、もしかしたら明日の便で一部の機材とリーダーが着くかもしれないという知らせもそこで受け、シャワーも借りることができた。

不安が少し和らいだ所で強烈な睡魔に襲われ、22時ごろには意識を失う。

 

(続く)

*1:私は以前バンドでベースの経験があるというだけで基本的にはキーボード奏者である。

*2:断念した某オルゴールとほぼ同価格である。