Amygdala

Turns on

無渺息災

f:id:hyonoh:20190315213853j:plain

職場をクビになってからひと月以上経ち、私はまだ無職だった。

 

昼過ぎに目覚め、顔を洗い、タバコを吸い、図書館で本を借り、申し訳程度にハロワのディスプレイに向かい、コーヒー屋で本を読み、求人誌を拾い、公園で鳥を眺め、家で楽器を触り、Youtubeレアグルーヴを漁りながら眠りに落ちる。否、酒を飲み、twitterを眺めNetflixで映画を見て眠る。

 

f:id:hyonoh:20190315214725j:plain

12月にフランスから帰ってきて以来人前での演奏もなく、元々友達付き合いもあまりなく、最近はさほど心躍るような体験もない。あと金もずっとない。

とはいえ、ほぼ毎日この繰り返しなので、最近読んだ本や最近聴いている音楽についてシェアしてみようと思います。

 

最近好きな音楽

Arthur Verocai - Arthur Verocai (1972)

アルトゥール・ヴェロカイというブラジルの大物プロデューサーによる一枚。哀愁ある独特な曲調と各楽器のパーカッシブな使い方が素晴らしいし、最後の曲ではHenry Cowみたいな展開になって熱い。音も良い。

 

Roberto Cacciapaglia - Sei Note In Logica (1979)

イタリアのわりとメジャーなコンテンポラリークラシック作曲家(らしい)の作品。ライヒ影響の強さは言うまでもないんだけど、電子音とユーモラスな音の配置がジャケットの通り妙な朗らかさを感じさせる一作。

 

Talk Talk - Laghing Stock (1991)

最近亡くなったMark Hollisのグループ、Talk Talkの最終作。彼らはデュラン・デュランみたいなエレポップで世に出てきたにも関わらずある時期から急激にスピリチュアルなポストロックと化したことで世に知られていますが、この荒涼とした淡い世界観はやっぱり素晴らしい。

 Münchener Studioorchester - Twilights of Bali (1979)

いわゆる「西洋人によるエキゾ趣味」ものですが、その音像のサイケ具合、トランス具合ともに卓越した、79年ドイツ産エキゾジャズ。オリジナル盤は200枚しかプレスされなかった作品だとか。

 

OGRE YOU ASSHOLE - 「動物的/人間的」(2018)

日本では今一つ有名じゃないのが不思議なグループ。欧州でも人気なのは言うまでもないですが、前作「ハンドルを放す前に」が空虚なイメージのある作品だっただけに久しぶりのシングルがこのセロトニン感溢れる優しい一曲で安心。抽象的な歌詞もさることながらアコギの録音やメロトロンぽいストリングスが素敵です。

 

菊地成孔 - 「機動戦士ガンダム サンダーボルト メインテーマ」(2017)

すっかりおもしろサブカル知識人として各方面に活躍する菊地先生の最近の仕事。ガンダムはあまり知らないので特に期待せず観たら完全に圧倒されました。すみませんでした。

きっちりとスコアで仕上げられたであろう曲の聴きやすさとフリージャズの精神を失わないアルトサックス(菊地さんめっちゃうまい)と激渋フレーズを連発するピアノ(スガダイローさすが)の共存に脱帽。元ティポグラフィカはやはり凄まじかった。

 

 

f:id:hyonoh:20190315231231j:plain

梅の季節ですね。

 

最近読んだ本

なんか意図せずして筑摩書房縛りみたいになっちゃいましたがそういうこともあります。

 

「タブーの謎を解く」 山内 昶 (1996)

各地に存在する宗教、社会的タブーの由来、そしてそれらのタブーがなぜ食と性に関する部分に圧倒的に多く付着するのか?という問いに根差した一冊。読みやすい新書仕立てですが内容は濃く、後半ソシュールの思想に準拠した部分が多いのも含め個人的にはとても楽しい一冊でした。

 

「性食考」 赤坂憲雄 (2017)

おそらく上記の「タブーの謎を解く」から多大なインスパイアを受け書かれたであろう一冊。様々なエピソードの引用元の独特な偏りも含め、作者の幅広い知識から生まれたエッセイ的な側面が強い一冊ですが、文字通り性と食の根底的な共通性に深く切り込んでいく部分はとても興味深い。

 

LGBTを読みとく ─クィアスタディーズ入門」 森山 至貴 (2017)

Netflixの「クィア・アイ」によっても間接的に話題になっている「クィアスタディーズ」という概念。

われわれに今必要なのは良心ではなく知識である」と冒頭からはっきり宣言し、『「偏見がない」では、差別はなくならない。』という秀逸な帯の通り、LGBTとは何かという根本的な部分から社会におけるその排除、受容の歴史を含めて解説。ジェンダー、つまり社会的に与えられた性の在り方への疑問、LGBT内においても社会に向けて自分たちの権利を力強く主張するアグレッシブな層と、あくまでもそれを隠して社会に溶け込もうとする層の断絶なども含め「人々の多様性」をそのまま社会構造に組み込むことの難しさ、複雑さを徹底的に書いています。

SNSではいつもフェミニズムについての無知が引き起こす殴り合いが盛んですが、そこにコミットしないためにもこういった知識が社会全体に必要であると痛感した一冊。

 

「万国奇人博覧館」 G.べシュテル, J.C. カリエール (2014)

フランスを中心に世界中の奇人のエピソードを集めたまさに「超絶の人生カタログ」ですが、作者の本気度合いは冒頭の序文からも伺え、

正常と狂気の間にあって、無人の原野を行くがごとく振る舞う奇人は誰からも攻撃の的とされるが、ともあれ我々の社会では当面彼らは自由な存在である。この自由の幅が広く奇人に寛容であればあるほど人は深く息をつくことができ、可能性の領域を広げることができる。一言で言えば知的になれる。

という一節の通り「奇行とは自由な意思の所産なのだ」という崇高な理念のもとオカルトやカニバリズムシリアルキラーなどを排しているのでただの悪趣味辞典にならず、ひとつひとつのエピソードに読み応えがあり清々しさすら味わえる一冊。枕元に置いて寝る前にパラパラめくると幸せになれます。

 

 

 

f:id:hyonoh:20190315235507j:plain

ムシガレイを煮付けにしたら繊細な味になりすぎた。