Amygdala

Turns on

Slow Learner

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11/15 ファエンツァ

オーガナイザーのマノ宅で起床。すでに朝の寒さは厳しい。

エドが買ってくれたスモークサーモンとマヨのサンドウィッチが美味しい。だが量が少ないため、結果としてツアー中は痩せていくことになる。

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ローマから再びフィレンツェ方向に向け爆走、大量の機材と相乗りさせるのが不可能と判断されたスーツケースの中身を詰め替えアンディの家に置いていくことにする。

フィレンツェから2時間ほどでファエンツァに到着、他の街と比べ落ち着いた美しい街であり、去年もプレイしたヴィーガンレストランでの演奏。客層も考えセットリストをゆっくり盛り上げるタイプへ変更することとなり、先日映像を公開したヴォーカル曲のインストゥルメンタルアレンジを初めてライブで披露することになった。(航空券やバンの大きさやホテルの部屋数の問題からヴォーカルは今回のツアー不参加、漢のインスト演奏で21公演を押し通す)

サウンドチェック後はヴィーガンコースを味わう。思想としてのアンチ食肉産業にはある種共感できるが、ヴィーガン生活で損なわれる健康についても様々な知見があるので続けている人々の意志の強さにも感じ入る次第。

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客層が入れ替わった00:30ごろ演奏開始、前半は丁寧に演奏し、中盤はハプニングから新しい展開が生まれたりと個人的にはミスが多く残念だったもののなかなか楽しいライブ。

実際に客席の反応も良く、物販の売れ行きも良かった。

終演後は客として来ていた人々とビリヤードをして楽しむ。

 

11/16 トリノ

レストランの女性店主宅で目覚める。昨日回した洗濯物が全く乾いておらず、諦めて回収する。

会場のレストランで朝食をもらったのち、トリノへ。

イタリアで最初に資本主義化された街らしく、美しく整然とした街並みに感銘を受ける。

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会場も良い雰囲気でテンションも上がり、サウンドチェックを入念に済ませるものの肝心の客入りが少なくて拍子抜けする。また、Wurlitzerの5番目のBの音がなぜか半音下がってBbになってしまっており、気持ち悪すぎるのでテープでミュートして演奏するなどの点を除けばインプロも冴え、自由度の高い良い演奏ができたと思う。

終演後はホテルに案内されるが電気ケトルすらない部屋にうんざりし、些細なことでホテルの従業員と揉める。そういえば誕生日だったが、お湯も出ない環境においてはどうでもいいことだ。

 

11/17 サヴォナ


ホテルの朝食を食べ、廊下のセントラルヒーティングで洗濯物を乾かす。ズボンは生乾きで良くない匂いを放ち始めたので諦めて洗い直すことにする。

 

トリノ市内でエドの女友達(一体何人いるのか)とレストランで食事。ワインやタルタルステーキやウサギのグリル、絶品なる豚の煮込みなどを味わう。20ユーロほどかかってしまったが毎日貧弱なケータリングばかりなのでたまにはいいだろう。


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レストランで隣の席にいた初老の男性が日本人だったので食後に会話する。彼もギターを弾くらしく、サザンオールスターズが出演した年のヤマハ音楽コンクールにバンドで出演したらしい。


さて、本日イタリア最終日の公演はサヴォナという美しい港町での演奏。

会場に着くと敬愛するTortoiseAcid Mothers TempleJaga JazzistにThe Winstonsの公演ポスターが飾っており、あまりにもピンポイントなセレクトに嬉しくなる。あとギターウルフが5日後にライブで来るらしい。


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観客の年齢層はこのツアーでも最も高いイメージで、じっくり聴き入りソロが終わると拍手というジャズライブっぽい雰囲気で驚いた。

アンコールを含めイタリア最終日を締めるに相応しい良い雰囲気で演奏を終えるが、年齢層の問題なのかCDしか売れない。

 

11/18 サヴォナ- インスブルック(移動日)

ロック親父の経営するツアーバンド御用達ホテルで目覚める。朝のクロワッサンやフォカッチャをたくさん勧められ、薦められるがままに食べる。店主と記念撮影し出発。

本日は明日のドイツ公演に向けたオフ日なので、オーストリアチロル地方にあるゲストハウスへと向かう。

いくつもの雪山を超え、風光明媚なウィンタースポーツの聖地にほど近い場所に到着。

中は広く暖房も効いて快適なだけでなく、オシャレな内装で家具も高級そうで落ち着く仕様。完璧である。もうここに住みたい。

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Wurlitzerの内部を確認するが、ピッチ調整のために鍵盤一つ一つに付属する金属製リードを削る必要があるらしく、メンバーとエドが試しているとリードが折れてしまった。オランダのエレクトリック・ピアノ修理会社EP Serviceからリードを購入し、アムステルダムに届けてもらうことにする。

ラーメンをエドに振舞ったり音楽を聴いたりして就寝。

寝る前に聞いたところによると、いかなる理由か現在のドイツ国内では高速代がタダらしい、ストライキなのか。

 

11/19 ハレ


インスブルックに名残を惜しみながらも出発。高速代がタダなので安心してアウトバーンを飛ばす。数時間の後中東部ハレへ到着、音楽家ハイドンで有名な街らしい。

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とにかく寒いのでケータリングのケバブ屋の紅茶と優しさが沁みる。演奏は小さいバーながら盛り上がり、客層に若者も多く安心する。

終演後は会場裏のホテルへ。ロン毛のアジア人とイタリア人という組み合わせに多少ぞんざいな態度のフロントであった。

 

11/20 ハンブルク

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鳥の声で目覚める。Twitterを眺めると朝チュンシチュエーションのコイガサキイラストが流れてきており、隣を眺めると髭面のイタリア人男性(38)が「お前ら!ドライヤーを貸してくれ!」と笑顔で立っている。現実の強さに想像力が勝てる日は来るのだろうか。

周囲の目はさておきホテルの朝食をタッパーに詰め込む。午前中はSIMカードを買うためにハレの街を散策し、会場で気の狂った量の機材を詰め込んで出発。

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何時間車に乗っただろうか、寒々しい景色の先のハンブルクは高度に工業化された港町という趣で印象的。

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会場は広めのクラブで、全然客が来ないのではないかと心配しナーバスになったが、ぼちぼち入ってぼちぼち盛り上がって物販も売れたので一安心。演奏は昨日より固めか。

ケータリングは例によってヴィーガン飯だが、とりあえずありがたい。

 

終演後はエドの案内でビートルズがデビュー前に武者修行をしていた界隈に行き、強烈な風俗街などからカルチャーショックを受ける。

鉄で仕切られた区域に入ると、左右が全てガラス窓でショーケースになっており、ほとんど裸の女性たちがこちら側を呼んで営業を仕掛けてくるのだ。そこを抜けるといわゆる個人事業主の立ちんぼたちが周囲に集まってくるといった次第。

エド曰くここは船乗りの街なので自然とそういった需要が生まれたのだという。

セックスワーカーたちの強さに感じ入りながら就寝。

 

11/21 ベルリン

美味なる朝食を会場でいただき、出発。

車内でかなり長時間眠ってしまい、気がつくとベルリン周辺まで来ていた。我々が来た途端にこの街は雨が降り始めたのだという。

本日は小さいバーでの演奏だが、大量の機材を持ち込む我々を見てサウンドマンが何やらキレ始めた。こんな量の機材聞いてねえぞ、と。

そういったやりとりや、周囲の騒音問題のためにベースアンプを使えず、PA直にしなければならない、モニター環境貧弱等の過酷な演奏環境ということもあってかメンバーたちは目に見えてナーバスになっていた。大概自分は不機嫌になるタイミングと上機嫌になるタイミングが他のメンバーと合わないのでそそくさと彼らから離れ、インターネット上の知り合い(ベルリン在住とのことで来てくれた)と話し込む。

とにかく環境に文句を言うまでもなく開演時間なので全力で演奏。ちょっと荒々しい感じになってしまったがこういう日もある。

終演後は後続のライブペイントのイベントがあるため暗闇になか必死に機材を搬出する。

この混乱が後に悲劇を招くことになるが、この時点ではグダグダに酔っ払っており気付いていない。

 

 

11/22 アイントホーフェン(オランダ)


やってしまった。昨日の混乱の中オルガンの電源ケーブルが紛失し、7時間のドライブの後、対バンの兼ね合いやサウンドチェックもないという環境のなか焦り誤って電圧の違うケーブルを差したところ演奏中にオルガンが炎上、煙を上げて死んでしまった。

結局どうしようもなくWurlitzerのみでの演奏を行う。演奏中怒ったメンバーから中指を立てられ、ヘコむ。ひたすらしょうもない気分になりつつも演奏を終える。

煙を上げるオルガンを目にした客席はクールなパフォーマンスだと思ったらしい。

レーベルメイトのバンドのギタリストが別バンドで出演しており、アメリカのバンドじゃなかったか?と不思議に思ったが、ツアーに訪れたこの地で出会った彼女に一目惚れし、移住してしまったのだという。

当たり前とはいえ、英語圏の人間が持つ特権の多さをひたすら羨ましく思う。日本人ツアーバンドが成功することは欧米のグループに比べ何倍も難しいことを痛感する。

終演後は謎のヒッピー施設へ。外観は一見廃墟めいているがベッドが並んでいたり陶芸を焼く釜があったりシンバルを作る工房があったりクラブがあったり地下に巨大な空間があったりと不思議で楽しい秘密基地的な場所だ。一応暖房が効いているので安心して就寝。

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懲りずに再び海外ツアー

表題の通り、懲りずにまた海外ツアーに行くことになりました。

昨年は先輩グループにコバンザメするだけでしたが、今度は助成金も却下され、全て自分たちの責任のもと行うので金銭的にもかなりシビアな日々となるだけでなく、予想もできない事態が予測される(おかしな日本語)ので、気を引き締めていきます。

書いた時の気分によって文体およびテンションの差が明白ですが、ご笑納いただければと思います。

 

11/11 成田-パリ-フィレンツェ

 

ついに自分たちのグループとしては初の海外ツアーということもあり、気合いを入れて前日集合。軽く前打ち上げで盛り上がる。

今回はスーツケースを使用せず、自前のオルガンを入れるセミハードケースに全ての荷物を詰め込む予定でいたが、いざ全ての荷物を詰め込んで体重計に乗せたところ重量が40キロを超過。これはいけない。(エールフランスは23キロの荷物が2個と12キロの機内持ち込み荷物が許可されているのだ)

サイズ的にも超過対象であることは明らかなので、仕方なく全荷物を3分割し、ハウルの動く城あるいはモクズショイ状態になって東京駅を目指す。

が、世間と乖離した生活を送りすぎたせいで平日早朝の総武線の混み具合を完全に失念、スーツを着た死せる魂たちで満員の車内で大量の機材を死守することになり、冷や汗が溢れ、鉄の箱は容赦なく揺れる。

 

必死の思いで混雑する駅内を抜け、八重洲口まで辿り着くと、先に到着していたメンバーから悪い報せが。

京成バスもJRバスも成田行きは手荷物に制限があり、なんと楽器の運搬が不可能だと判明したのだという。

以前オルガンを段ボールでグルグル巻きにして「木材」という名目、エフェクター類を箱に詰めて「梅干し」という名目で業者に運搬させたことはあったが、今回は言い逃れは難しいだろう。

諦めて3000円の成田エクスプレス乗車券を購入し、しばしリッチな気分を味わうが、乗客が白人ばかりで何とも言えない日本の貧しさにも感じ入るひとときとなった。

余裕のないスペースに余裕がない人々が詰め込まれている空間で自分は明らかに敵視されていたが、余裕ある空間の余裕ある人々からは「楽器?いいね〜」とすら言われるのだ。

総武線で不満げに鼻息を漏らしてこちらを伺ってくる中年サラリーマンの動物めいた態度には、もはや怒りよりも逃れられぬ悲しさが溢れているかのようだった。お前のホムンクルスは泣いているぞ。

 

主語がデカくなりそうなのでこの話はこの辺りにして、成田である。

先のアクシデントによりフライトまでの余裕もないのでエールフランス窓口で荷物の列に並んでいると、職員たちが飛んできて何か説明し始めた。

どうやら大型荷物の事前申請がないことが問題になっているらしい。

マズいな、という雰囲気になりつつも案内された別の窓口で必死に「何も知らなかったのでどうにかしてほしい旨」をソウル・グッドマン仕込みの詭弁を交え繰り返すと、あっさりと荷物は通り、驚くべきことに超過料金の請求もなかった。昨年のツアーの悪夢(超過料金がバンド全体で9万円を超えた)から比べれば奇跡のような待遇にしばし感じ入る。

ありがとうエールフランス、ファックア●ロフロート。

 

さて、オルガンケースに収納できず分散して持参したエフェクターなどの荷物は、検査の際にちょっとした問題となった。

レントゲンを通されたカバンの中には大量の電子回路を搭載した鉄の箱がいくつも透けており、いかにも怪しげなそれらを全て取り出して説明するように職員から求められたのだ。

ゲートでカバンから大量のシールドやフェイザー、ディレイ、ファズを取り出して職員に説明するロン毛の日本人の姿が、周辺のフランス人の笑いを誘う。

とはいえ、細かい問題はありつつも概ね順調にジェット機に搭乗。これからフランスまで11時間のエコノミークラス耐久戦が始まる。下半身のポンプ機能に期待しながら睡眠を取ろうかと考えたが、ある種の興奮であまり寝付けず映画を観る。

 

タイトルは以下の通り。

 

Once upon a time in Hollywood」(2019)

タランティーノ監督の最新作。60年代末のハリウッドを舞台に、落ち目の映画スターとそのスタントマン、周囲のセレブとヒッピーたちの関係を奇妙に描いた意欲作。

歴史を元ネタに最後虐殺エンドで改変する展開は「イングロリアス・バスターズ」でも見られるヤツですね。

 

Deadpool2」(2018)

言わずと知れたマーベルのアンチヒーローだが、前作は未視聴。メタネタ、パロディ、ブラックジョークを大いに含んでテンポも良く、王道アクションエンターテイメントで良い感じ。Xメンのスピンオフなんですね。

 

Cedar Rapids」(2011)

日本では劇場未公開のコメディ作品。「バッドトリップ! 消えたNO.1セールスマンと史上最悪の代理出張」という珍妙な邦題つき。保険会社の生真面目な男が巻き込まれた珍騒動なので話のスケールは小さいのだが、なかなか味わい深い良作。勧善懲悪、たまにコカイン。

 

Isn’t it Romantic」(2019)

人生で直面した厳しい現実によってロマコメ、ラブコメを憎むようになってしまった女性主人公(太め)が、ひったくりに倒されたはずみで頭を強打。目覚めるとPG13指定のロマコメの世界に!?

というメタなロマコメ作品。イケメンが無条件に好意を示して集まってくるシーンでは「ららマジ」をプレイしているような気分になったりもしたが、ロマコメなのでベッドに入っても事後シーンに飛ばされてセックスできない展開で笑った。これも元気になれる良作。

 

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途中窓から覗いた北極圏の氷河や流氷が美しく、心が洗われる。本当に美しいものには人間を寄せ付けないような強度と複雑さがあるように思え、人の顔に宿る親しみのようなものや感傷から遠ければ遠いほど全てを忘れさせてくれるのではないかという期待を抱いてしまう。それもまた勝手な感傷に違いない。
 
 

機内食を二度食べ、映画を観て11時間のフライトを終えると、フランスはシャルルドゴール空港へ。

建築や内装が美しく格式高いものを感じるが、空港内にコウモリとかスズメが飛んでいるのはご愛嬌。

その後2時間のフライトを経て、イタリアはフィレンツェ空港へ。今回は荷物がモスクワから来ないという不備もなく、エージェントのルカとアンディに再会。

 

ライブまでの滞在先となるホテルに到着すると、去年と同じくエドが出迎えてくれた。彼は本当にナイスガイである。

エドとライブ当日に再会することを伝え合い、ホテルに着くや否やメンバー全員示し合わせかのようにベッドの上で意識を失う。

 

11/12 フィレンツェ

メンバー全員朝方4時に目が醒める。早くも時差ボケが明らかな状態だが、早起きをいいことに朝から近所のパン屋でクロワッサンなどを購入。随分早起きな店だ。

 

今日は丸一日オフなのでメンバーは二手に分かれて昼食探しと散歩をすることとなった。

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我々は去年同様フィレンツェの大聖堂界隈を散策。パニーノ・ランプレドット(モツ煮をパンで挟んだもの)をメンバーに教えたところ全員気に入り、彼らはこの先3食分の食事をそれで賄うことになる。

パン屋のレジではTHCをほとんど含まない医療用大麻が売っている。価格も1グラム10ユーロと良心的であり、文化の違いを明白に感じる。

 

異様に早起きしてしまったこともあり、昼間からメンバーでビールを飲んだりしているうちに気づいたら寝る→起きる→寝るを繰り返し夜の20時ごろには全員寝てしまった。老人の生活かよ。

外では雨が降ったり止んだりしている、去年はハリケーンに巻き込まれ酷い目にあったことを思うと、あまり気にならない。

 

11/13 フィレンツェ

再び朝4時ごろ目が醒める。本日はツアー最初の公演なのでレンタル機材やレーベルから送られたレコード、Tシャツ等のピックアップ等の作業が控えており、数駅離れたマネージメントのオフィス(個人宅)まで行かなければならない。

英語が堪能なわけではなく難しいことを言われるとヒアリングが困難になるにも関わらず、前日のお気楽モードで惚けていた自分はなぜか同伴に英語が全くできないメンバーを選んでしまう。後々これが後悔を招くのだが、早く気付けアホ。

 

徒歩10分のフィレンツェ駅でエドと合流。

この界隈の乗車券購入のシステムや電光掲示板の見方はかなり独特で、二度目にも関わらず全く理解できぬままエドの案内に従う。

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車窓から見えるスローアップの数々が目を楽しませてくれる。

 

LPやシャツを受け取るためにルカの家に向かうが、出会った彼からは早速来年のツアー計画を持ちかけられる。要は営業である。

リバプールの大きめのフェスに出演できるらしいが、収支の問題もあって厳しいので一旦保留にしてもらい、続いてWurlitzerとNord Stageを受け取りにレンタル業者のもとへ。

本来ならばレンタル代と20%の税金で400ユーロを超えてしまうところだったが、ある種の抜け穴を用いることで350ユーロに値切ることができた。明らかに巨大すぎるキーボード類を呆然としつつバンに詰め込み、アンディの家へ。

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アンディ宅でレンタル用のアンプやドラムセットについて相談するものの、アンディの早口な英語が聞き取れず難儀する。エドからは「英語のできるアイツを次から連れて来た方がいい」と言われる始末。ヘコみますな。

機材と物販のみでパンパンになりかけたバンに恐れをなしつつも、メンバーをピックアップしそのまま初日の会場へ。

レミー・キルミスター似のバーテンダーがいる会場で、去年ここでプレイしたことがあるものの、演奏も冴えずギャラも下げられたという悲しい思い出の地である。

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半分屋外の会場なので非常に寒く、アグレッシブすぎるゲイが会場脇のトイレ周辺を徘徊し、タバコを吸う我々を誘ってくるという実に好条件な会場である。

さて、案の定サウンドチェックの時点で問題が多発した。レンタルしたアンプは謎のノイズを発し、中音を作ろうとすればPAが下げろと騒ぎ、モニタースピーカーはベリンガーの粗悪品で少し出力を上げるだけで歪み、自分たちが今どんな演奏をしているのかさえ把握できない状態でプレイしなければならないらしい。

さすがに不味いぞ、という雰囲気になりつつも時間は無情にも迫ってきた、初の海外公演を完遂しなければならない。

 

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結果として、音量バランス、演奏内容共に悲惨の一言としか言いようのない結果となった。あまりにも聞こえない演奏の途中からは、「これは修行だ」という謎の声が脳内にこだまする始末。

何とか演奏を終えステージを片付けると、なんとも言えない悔しさが溢れ、早くも来たことを後悔しそうになった。だがまだ初日である。

気分を切り替えて荷物を詰め込み、レミー(仮称)にウォッカのショットを頼んで全員で飲み干す。胡椒をひと舐めするのがここの流儀らしい。ビール(ブルックリンIPA)を挟み、続けてもう一杯。たまりませんな。

 

程よく酩酊し、その後メンバーで反省会と対策会議を行う。今までやってきたスタイルとして中音無しでの演奏は不可能である、という点で一致。次からは断固としてそれらを主張しなければならない。

 

全てを片付け宿に戻って空元気から解放されると、服も着替えず意識を失う。

しかしまあやっぱNord Stage 88鍵やらWurlitzerはデカすぎた。(贅沢な悩みだ)

 

11/14 ローマ

 

前日は眠ったのが4時過ぎだったので当然のごとく体内にアルコールを残しながら起床。

他のメンバーたちはパニーノ・ランプレドットを再び食べたり、フィレンツェの街で踏み絵詐欺(歩いていると足元に絵を放り込まれ、踏んだから弁償しろとガタイの良い男たちが追いかけてくる。)の男たちから走って逃げたりしていたらしい。

 

そうこうしているうちにエドが迎えに来てくれたので、ようやく本格的に移動とツアーの開始である。

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一台のバンが積めるであろう量を超えている機材、物販、日用品をテトリスの要領で詰め込み、いざ出発。

3時間ほど揺られ、周囲の運転が荒く、界隈がきな臭くなり始めるとローマに着いた証拠である。

雨が降る中、必死にヘヴィな機材を会場に運ぶ。治安があまり良くない地域なので、こういう瞬間が最も注意を必要とする。

 

会場はいい意味で古式ゆかしい雰囲気のクラブで、なぜか店員の一人がやたらくだけた日本語で話しかけてくる。彼は10年前東中野に住んでいたらしい。

サウンドチェックは滞りなく終了。モニター環境が貧弱なおかげでアンプを心置きなく使うことができた。やはりこうでなくては。(イタリアに限らず、ヨーロッパはアンプの出音を最小限に抑え、PAで上げる方式を取ることが多い。しかし不慣れなPAも多く、モニターの返しにも信用がおけないなど、問題が多い。)

 

ピザを食べて待っているうちにお客さんが集まってくる。スロベニアイスラエルのファンも来ていて驚く。開演前にも関わらずLPの売れ行きも良い。その間もずっとDJは合法大麻を吸いながらスピリチュアルジャズを流している。

 

0時過ぎに開演。最初客層がプログロック好きのおじさんばかりで心配になったが、若い人たちも入って満員となりひと安心。

前日の反省を踏まえつつ2日目なので少々慎重にプレイ、1時間ほどのメインセットを終えてステージを下りると、プロモーターが「もう一曲できるか?」と伝えてきた。

このバンドとしては初のアンコールかつ、自分の人生においても初のアンコールということで、アルバム未収録のハードコアな一曲を演奏。いい感じに盛り上がって幕。

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終演後は可愛い女の子がしきりに話しかけてきて来て浮かれたり、コカインを60€で買わないか?という男と話したり、酔っ払った変なおじさんと盛り上がったりと楽しい時間を過ごす。

とはいえ、DJタイムでダンスフロアと化した会場に居続けるのも疲れたのでバックステージに避難して、終わりを待つ。

例によって3時近くなってバーはお開きとなり、オーナーの家まで載せてもらい、部屋をあてがわれる。

エドは女友達の家に行くらしい。

 

4時近くに就寝。

 

 

(続く?)

 

 

 

今あえてバチェラーを観る

気が狂ったと思われるかもしれないが、Amazon Primeで絶賛配信中の恋愛リアリティ番組としてお馴染み「バチェラージャパン」のシーズン3を先日全話試聴した。

 

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ほんの少しマイルドな内容の恋愛リアリティ番組である「テラスハウス」ですら畏怖と軽蔑交じりの感情でしか語れなかった私が今になってこのような卑俗の極みとも呼べる番組を全話試聴した理由はさておくとして、最近ハマった「トレーラーパークボーイズ」や「FはFamilyのF」の紹介記事をスッ飛ばしてこの試聴体験について綴っているのには理由がある。

それは、少なくとも私にとっては「バチェラー」は「ゆゆ式」以来のカルチャーショックだった。

ということに他ならないからだ。

 

内容を大まかに説明すると以下の通りとなる。

 Amazon Prime Video製作の人気リアリティーショー『バチェラー・ジャパン』シーズン3。成功を収めた1人の独身男性=バチェラーの唯一のパートナーの座を勝ち取るため、性格もバックグラウンドも異なる20人の女性たちが競い合う、やらせなし、台本なしのリアリティー番組 - oricon

 

……Wow!こいつは試聴意欲をそそられる内容だ!

ともかく、グッドルッキングで経済的にも上流な生活を送る男性を多数の女性が奪い合う、というなんとも前時代性溢れる内容にも関わらず、番組は内容の賛否両論を含む話題性も相俟ってヒットしており、米国版に始まり日本版もシーズン3まで制作されている。

男性が背負っているジェンダー性に対するイシューが一部で叫ばれる中、こういった番組がポリコレ的観点から語られることの少なさは、先日問題となった献血巨乳娘に関する以下の記事とも関連があるように思われる。女性がそのジェンダー性を過度に身体に背負わされているのと同じように、「甲斐性」という語に代表されるような男性への過度な社会性の期待という問題も、今後問われていくことだろう。

 

さて、「魅力的な男性を奪い合う女性たち」という構図が示す通り、この番組は基本的に女性視聴者たちを主なターゲットとして制作されている。

そしてバチェラーとなる男性はその性的魅力に加え、女性を楽しませるようなイベント、たとえば彼がチャーターしたヘリ内での空中デート、クルーザーデート、高級車デート、その他の記号、記号、etc...を纏った状態で現れる。

最終的に結婚相手となる一名の女性を選抜していくのはバチェラー自身ではあるのだが、画面における男性の存在感は希薄で、基本的には多数の女性たちの駆け引き、足の引っ張り合い、その過程で生まれるアイロニカルな友情が描かれる。そしてその「台本なし」という内容にスタジオにいるMCたち(オリラジ藤森や元AKB指原等、ゲスな人選がいい意味で絶妙だ)がコメントするシーンが挟まれることで番組は進行していく。

 

とはいえ、こういった「女性目線ハーレムもの」は一定の需要と系譜があり、徳川幕府を描いた「大奥」は言うに及ばず近年のヒット作では清王朝後宮を描いた大河ドラマ「宮廷の諍い女」や、中国三大悪女のひとりを描く「武則天 -The Empress-」、オスマントルコのハレムを描いた「オスマントルコ外伝~愛と欲望のハレム~」など、推挙に暇がない。

そういったある種「定番ネタ」でもある当番組になぜ私が強いカルチャーショックを受けたかといえば、皇帝や王という構造的な強者が存在する大河ドラマとは異なり、このような王の不在を伴う女性目線ハーレムでは、男性が求められる性的キューとしての社会的ステータスは露悪的なまでに強調され、ジェンダーのインフレーションを起こすからである。いくらかスケールが落ちるとはいえ、大河ドラマの王が持つ生得的な特権と超越性は、そのままバチェラーの持つ自動車や数々のデートイベントとして姿を変えて画面へと現れる。

この徹底した生々しさは、ギャルゲーでトリップした脳に鉄槌を下すかのようだ。

 

ファンタジックな領域で女体が背負うジェンダーのインフレーションについては以下の記事に以前記したが、表出の形は異なるとはいえ同種のめまいが視聴には伴った。資本と結びついた人間の欲望は、フィクションの名を借りた商品という形で我々へと届けられ、我々の行動規範そのものを規定していくことだろう。女はより若くエロく、男はより資本とステータスにまみれるべしと。

 

ちなみに、シーズン3は番組内のルールを無視した意外な結末を迎える。番組の中で語られる「永遠の愛」はこの地上には存在しないが、徹底的な露悪趣味、世俗の感覚に触れることで人はより美を希求することができるに違いない。

 

あと、こういう番組は100年後とかに見たら絶対文化的に面白いと思うんで保存するべき。

エロいキャラを見続けることに疲れた

最近どうも夏バテとも加齢とも違う感覚で喉を通りづらくなったものがある。

twitterで毎日流れてくる二次エロ画像だ

 

一例を挙げてみよう。

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投稿者やキャラクターや絵描きに罪はない。

 

戦艦の名前が付いた女の子をこれくしょんする艦これじゃない方のゲームとして大人気の「アズールレーン」に登場するザラというキャラクターの新イラストらしいが、「乳垂れ乳」なるパワーワードと共にそのイラストのエロさが語られている。さながら乳牛の品評会のような内容だが、こういった過激な言葉遣いはネットの常なので細かくは触れないということで。

 

さて、twitterでいわゆるオタクなアカウントを運用しているとこの手の画像はほぼ毎秒流れてくると言っても過言ではないが、ご存知の通り人間はこんなに大きなおっぱいにはならない。

正確に言えば、シリコンの塊やホルモン剤の力なしに胸だけがこんなにパンプアップすることはない。いや一部のポルノスターにはいるかもしれないんですが。

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大きな胸囲には伴うものがある。

もちろんアズレンのキャラは人間ではないという設定になっているし、皆それを了承したうえで性のファンタジーを楽しんでいる、ということも当然知っている。またポルノの内容についてポリコレ的な観点から是非を問うこともここではナンセンスだ。そもそもポルノは既存の倫理やルールからの逸脱にその価値の一端があるし。

 

だが、こういった画像は明らかに人間に再現できる領域を超えたエクストリームな欲求に基づく無言の要請と、それに(主に商業的な理由で)応えるために生み出されたものであり、実際に人気ソシャゲ等の課金コンテンツのキャラクターの多くはセクシーなデザインで、夏ともなれば水着イベントで脱いでプレイヤーたちの財布をグイグイ搾り取っていく。

課金コンテンツを駆動する資本主義そのものが加速主義として自己破壊の後にシンギュラリティを目指しつつあるとするならば、それらに毎日目を通している私たちの欲求も、際限なき拡張の先に資本主義と同様ある種の特異点を迎えるのではないか?

また我々を駆り立て、先導していた欲望は、「この欲望が現実世界で決して満たされることはない」という実感をもって我々に牙をむき、我々はタワーマンションの高層階でスピードボールをキメて意識を飛ばすことを夢見るようになるのではないか?

一枚のおっぱい画像からパンドラの箱が開くような錯覚に陥る。 

 

こうして、遠からぬ未来に人間が辿り着けない領域にまで我々の欲望が純化されてしまうだろう、ということへの確信に近い不安は、twitterで知らないキャラのおっぱいとなって今日も私に届けられる。

インターネットは最高だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三戸浜は小さな浜である

2019年の8月31日15時ごろ、私は三戸浜にいた。三戸浜は寂れた漁村にぽっかりと口を開けた小さな浜である。

 

東京から電車で三浦半島をひたすら下っていくと、1時間半ほどで京急久里浜線の最果て、三崎口駅に辿り着く。道中、バウマンの「レトロピア」を開いて彼なりの諧謔に満ちたメタファー*1を読み取ろうと試みてはいたものの、車内の眩しさやトドのように肥満したサラリーマンが壊れたふいごのように吐き出す苦しげなイビキに遮られ、視線は紙の上を上滑りしていく一方だった。本を閉じ窓の外を眺めると、なだらかな平地に割って入る切り立った丘とそれらをフジツボのように覆い尽くす画一的な家屋が認められた。*2

 

そして視線から高いビルやマンションが消え、家屋がまばらになっていくと、景色は緑のなかに畑が点在するようなものへと取って代わられた。ここしばらく私の思考全てを支配していた金銭的な問題が一応の小康状態*3になっていたこともあり、鄙びた景色に安心を覚える。

窓の外では蝉たちが切迫した叫びを上げ続けていた。それはちょうどMerzbowのライブをiPhoneから鳴らしているような、必死さと無意味さがせめぎ合うようなものとして映った。

 

やたらに多い切通*4をいくつも抜けると、終点の三崎口駅に着いたことをアナウンスが告げ、電車が停止する。サラリーマンはまだ静かに呻いていた。

駅では有名な「三崎マグロ」の広告のみならず、縛られ値札をつけられたサザエなどが陳列され漁港の町であることを示していた。その手書きの文字からつげ義春の諸作に通底するリアリズム*5を覚えるとともに、この町へ来た理由を反芻する。

 

……数々の啓示がいまや指数関数的に殺到し、集めれば集めるほど多くのものがやってくるという感じになり、ついには見るもの、嗅ぐもの、夢みるもの、思い出すもの、一つとしてどこかで<ザ・トライステロ>に織りこまれないものはなくなってしまった。「競売ナンバー49の叫び」

 

エディパ・マースは<ザ・トライステロ>が実在する可能性、自分が幻想を見ているだけの可能性、大きな陰謀が存在する可能性、の間でパラノイア的な探索に邁進していく。彼女の行く先々ではその妄想を補強するかのように数々の啓示が示され、全ての情報が「世界が嘘つき」であるかのように振る舞う。

丁寧に刺繍された「大地のマント」*6が燃え尽きた焼け跡で実在性を売りにしたフィクションが溢れかえるこの時代では、フィクションがもはやフィクションのままではいられなくなっている。私たちは現実を信じることができないのと同時に、その彼岸としてのフィクションを信じることができなくなっているのだ。「ダーク・ウェブ・アンダーグラウンド」の受け売りをするつもりはないが、ポスト・トゥルースの強風は容赦なく私たちへ吹き付けている。

 

そして私がここまでやってきたのも、とあるフィクションの題材としてここが取り上げられていたという理由からだった。2018年の8月31日にそれは姿を消したが、残された様々な記号は兆候となって視線や思考の隅にちらつき、日常を蚕食し続けている。

 

ほとんどの観光客は駅から出ているバスに乗って三崎港に向かうらしい。彼らを尻目に観光案内所で道を尋ね、駅から農道を20分ほど潮の香りのする方角へ歩くことにした。観光客と呼べるような歩行者はほとんどおらず、トラクターが攪拌する土の匂いと路上に打ち捨てられたカボチャの饐えた匂い、空の広さのみが印象に残る。

 

寂れた住宅地を抜けると、強い潮風と共にまぶしさが目を覆った。

そこはメディアで喧伝される「湘南の海」のような騒がしさとは無縁の小さな湾のようだった。地元住民と思しき家族連れや、犬の散歩のついでなのか犬と一緒に海に入る老人などが静かに海と遊んでいる。相模湾の一部ということもあってか波も穏やかで、足元には青々としたハマボウフウツワブキが力強く根を張っている。

煙草に火をつけようと思ったが、強い潮風で髪は乱れ、照り返しの暑さにも耐えかねたので髪を結び、岩の上に腰掛けた。衝動に任せて海に飛び込むには無謀すぎる服装で来たことを後悔しつつも、日差しと波の音が無駄な思考を奪っていく感覚には懐かしいような、抗いがたいものへ身をゆだねるような心地よさがある。

 

足元の砂に混じった貝殻の複雑な色合い、打ち上げられた動物の椎骨、子供たちの歓喜の声、巨大なフナ虫、風、海に浮かぶ裸の老人、雑多な屑、崩れやすい砂岩。

全てが少しずつうつろいながら、「浜辺」を形成している。ここには求めるような記号や暗号はない、と痛感した。未練を確認するために訪れたはずの「浜辺」はあまりにも複雑なパルスに満ち、電気とケミカルで痺れた類人猿ごときの妄想を一笑に付すかのように蠢いている。しかもそれは心地よいのだ。

 

これ以上ここにいると何か必要なことまで忘却してしまうのではないか?という恐怖に駆られ、私は浜辺を後にした。靴の中に入り込んだ砂がジャリジャリとわざとらしく歌う。

西日に照らされた三崎口駅では、夏祭りでもあるのか浴衣を着た若い男女が楽しげにバスの待機列に並んでいる。

ギャルゲーの聖地巡礼を行う独身の小汚い男性と彼らを隔てているのは、立ち食い蕎麦屋のガラスだけではないだろう。蕎麦に浮いたコロッケの衣が剥がれ、あきらめたように沈んでいく。

 

往路では遠く感じられた三崎口駅は、案外川崎や品川からも遠くないらしい。サラリーマンたちの苦悶とも弛緩ともつかない表情を眺めながら、外出する理由があっただけ今年の夏は良かったのかもしれないと自らに言い聞かせる。

眠気で薄れゆく意識の中、そういえば秋葉原メイドカフェで店員から薦められた「アンダー・ザ・シルバーレイク*7をそろそろ観る必要がありそうだ、などと今更ながらに思い起こしていた。

 

 

 

*1:ご存知の通り、彼の膨大な知識に裏打ちされた「軽妙な」例え話は事前知識を持たない者にとって非常に難解だ。

*2:上大岡あたりを想像してもらいたい、とにかく神奈川県らしい景色だ。

*3:全く根本的な解決をみたわけではないが、とにかく最悪の状況は脱した。

*4:トンネルというよりその言葉が似合うように思えた。

*5:彼の旅もの漫画はどれも味わい深いが、特に「やなぎ屋主人」という作品は一読の価値がある。

*6:レメディオス・バロの「大地のマントを刺繍して」参照のこと。

*7:愚かにも劇場公開を見逃した。

ヘンリー・カウを聴いてくれ

 

以前以下のような記事を書いて好きなバンドの布教をしたことがありました。


ソフトマシーンを中心とする所謂「カンタベリーシーン」のバンドは他にもハットフィールドアンドザノース(彼らによる一世一代の名曲「Mumps」は以前に当ブログでも気持ち悪いオタクポエムと共に紹介しています)、キャラバン、ゴング、ナショナルヘルス等のグループが知られていますが、どのバンドもロックバンドの割にはパッと見冴えない風貌かつその実極めてよく練られたアシッドネス溢れるアルバムを残しており(キャラバンはゆるめのソフトロックですが)、一般的な知名度はともかく音楽好きなら避けて通れない傑作揃いです。

そんな中、明らかに異彩を放つバンドがありました。 

ヘンリー・カウ (Henry Cow)です。

なぜ明らかに異彩を放ち、明らかにマイナーなグループなのか。

それは彼らこそがアヴァンギャルドロックの元祖だからです。

 

まずは以下の一曲をお聴きください。


ギターの多重録音を用いたリリカルで優しげな一曲ですが、実はこのナンバーは彼らのファーストアルバム一曲目の変奏曲であり、以下がオリジナルのバージョン。

 


アーシーかつ伸びやかで豊かなイマジネーションを感じる冒頭のテーマから一変、奇妙な拍子のギターやベースがミニマルに絡み合い、その上を細やかで偏執的なドラムとフリーキーなサックスが彷徨、ギターは謎のノイズやカッティングで応戦しフリーな即興演奏に流れていくかと思えば妙に威圧的なテーマへと収束し、それを断ち切るかのように奇妙な男性コーラスで終了する、というアヴァンギャルドな一曲です。タイトルも「ネズミたちの涅槃」という意味深なもの。

そして一見出鱈目な演奏に聞こえる中間部も、よく聴くと極めて計算されたうえで抑制されているという恐ろしい完成度。ファーストアルバム一曲目からこれをぶつけてくる彼ら(もちろん当時全員20代です)の野心たるや末恐ろしいものがありますが、彼らは実際にアルバムを出すごとにそのアヴァンギャルド度合いを高めていき、またメンバーのラディカルかつインディペンデントな思想も相俟って作品はメッセージ性を強めていきます。

 

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最後は所属していたヴァージンレーベルから契約を切られ、RIO(AV女優ではない、ロック・イン・オポジションの略)という国際アヴァンギャルドミュージシャン組織の運営に舵を切ってバンドは解体されました。

リリカルで優しいポップセンスやストレートなロックフィーリングを持ちながら、それをわざわざブチ壊してその焼け跡、廃墟から何かを見つけようとしたのでしょうか。

 

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ファーストアルバム時代のメンバー。左からジェフ・リー、ティム・ホジキンソン、フレッド・フリス、クリス・カトラー、ジョン・グリーヴス。

 というわけで、ソフトマシーンやハットフィールド、ゴング等と比べても明らかにとっつきづらい音楽性のグループなのですが、最初男性メンバーだけだった彼らはメンバーチェンジののち女性メンバー3人、男性メンバー3人という編成になったことがありました。

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リンゼイ・クーパー (ファゴットオーボエ、ピアノ等担当)

 

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ジョージー・ボーン(ベース、チェロ担当)

 

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ダグマー・クラウゼ (ヴォーカル担当)

なかなかの美人揃いですが、やってる曲がこんな複雑怪奇なものなので別にアイドル的な消費をされることもないようです。服装も媚びがないし歌詞もめっちゃ左だし。

 


Dare to take sides in the fight for freedom that is common cause
Let us all be as strong and as resolute. We're in the midst of
A universe turning in turmoil; of classes and armies of thought
Making war - their contradictions clash and echo through time

自由のための戦いに挑戦してみろ
それは一般的な理由だ 私たち全員が同じように強くそして毅然とした力でいるようにしよう
私たちは真っ只中にいる 混乱を招く宇宙
階級や軍隊の戦争
彼らの矛盾は時を経て衝突し反響する

 

上記の曲は多少複雑さが過ぎ、メッセージ性が強すぎな気がしますがこの曲なんかは彼ららしいビターさ、ハードボイルドさが程よいのではないでしょうか。

「月のように美しく、旗を持つ軍隊のように恐ろしく」というタイトルも良いですね、このテイクはライブなので途中からメドレーになっています。ライブで曲を繋げて絶え間なくプレイする点にもソフトマシーンの影響が伺えます。

シリアスな女性ヴォーカル、チープなオルガン、複雑なリズム隊、すぐに変な音を出そうとするギター、サックスやピアノ、ファゴットなどのクラシックを思わせる編成などが特徴的ですが、最後に彼らのセカンドアルバムから私が一番好きな曲を貼って紹介を締めくくりたいと思います。

 

 

とにかくヘンリー・カウを聴いてくれ。

 

SSを書きました

雨が降りナメクジたちが活気付く、彼らの春の楽しみを求めて。

気が付くと一ヶ月間働いておらず、このブログも更新していなかった。

 

特に意識的に毎月更新を心がけていたわけでもなかったが、飽きっぽいわりになんだかんだこのブログも二年目に突入したらしい。来年にはもう少しまともな仕事とまともな人生を送り始めているだろうと去年の今頃勝手な期待をしていたが、どうやらそれはかなり無責任な願いだったようだ。

 


 

厭世癖と職のなさからくる消極的引きこもりの結果、某帰宅部合同誌以来久しぶりに二次創作SS*1を書く時間ができた。

 

【トライナリー】「As long as she lies perfectly still」/「Orrorin」の小説 [pixiv]

 

*2の進みは滑らかなものだったが、このブログ開設のきっかけとなったその作品に対しての感情は日々複雑になっていくように思われる。

プレイ中全く脇目もふらず攻略サイトも見ずに積み上げてきた個人的思い入れはSNSに氾濫する他ファンたちによるほむらちゃん並みのクソデカ感情の混線と忘却による劣化(ご存知の通りすでに思い出す術がない)で路上に打ち捨てられた輪ゴムのようになった。もはや柔軟性はない。

 

24歳という自分の年齢は客観的に考えれば若い、と言える。だがティーンたちを主人公に据え思春期の葛藤を描き彼らの生と愛と死を描くアニメや漫画、ゲームの類に当事者として共感するには歳をとりすぎているし、親世代のように微笑ましく眺めるにはまだ若すぎる。

そして以前のように無邪気にアニメを楽しめているのかといえばそれもまた難しい部分がある。胸のデカい割に頭の弱そうな女が顔をすぐ赤らめるピンク色の1クール曼陀羅や、ナイーブな制服の男女のもどかしい日常にはもはや退屈しつつあり、おそらく自分自身の価値観が過渡期にあることを日々感じる。*3

 

彼女たちの日々もまた然りだ。物語は波の跡を残してその姿を後退させ、砂浜には不思議な目覚まし時計やらオルゴールやらが残った。バイノーラルCDは多分20年後には読み込めないだろう。(そうじゃないと困る)

もしかしたらそれらの一部が数十年後、百年後に誰かの手に渡り、一瞬でも誰かの興味を喚起するかもしれない。「我々の目の前に広がる世界は事実にも嘘にもなりうる」という趣旨の歌詞がその作品ではプロテスト的に歌われていたように、国や神がもはや真実を担保しない時代に我々は生きている。

だが同時にその作品では「永遠に輝くたった一つの真実がある」ということも歌っていた。永遠を感じるような至福がこの世のどこかにあるとするならば、人々はためらいなく脳を緑色の水槽に浮かべるだろうし、自分もそうするかもしれない。

そんなムードになりながら、日々捉えづらくなっていくあの世界への敬愛をなんとか言葉に残せないものかと悩み、こういった形式の公開になった。

 

続きが書けるかどうか怪しいが、所詮二次創作ということで気軽に捉えてもらいたい。

 

 

*1:普通にショートストーリーと呼べばいいのかもしれないが、慣習としてこのナチ親衛隊を思わせる略称を使い続けている。レコードのことをいきなりヴァイナルって呼ぶような奴は信用できないように。

*2:正確にはスマホポチポチだ、年々字が下手になる事実をあまり認めたくはない。

*3:回りくどいが「日常系ギャグ作品がもっと観たい!」という言い方もできる。