Amygdala

Turns on

あるアニメのファンが原作者にブロックされるまで

 

f:id:hyonoh:20190120003259j:plain

ひとつ懺悔をしたい。

 

とはいえ個室で教誨師や司祭に対してする類のものではなく、この記事を通して不特定多数の読者の皆様に対して行うものだ。該当の作品やそれに関わった方々を貶すような意図は全くないためここではあえて作品名を伏せ、厄介なファンがやらかして原作者の怒りを買うに至った経緯のみを少し長くなるがご笑納いただきたい。

 

表題の通り、私は5年ほど前からとあるアニメのファンとしてネット上で活動していた。それは女子高生がわちゃわちゃする類のギャグ作品だったが、作画はお世辞にも安定しているとは言えず、枚数制限がネタになるほどに低予算らしく、放送時間は深夜3時を回ることさえあり、何より主役声優たちの多くを未デビューの研究生たち(なんと現役女子高生だった)から起用したおかげで第一話は経験不足による演技の不安定さが明白なものだった。とはいえ、原作のおかげでギャグにはキレがあり、脚本も原作とアニメの媒体の違いを生かした素晴らしいもので、視聴一回目の違和感など忘れて次第に引き込まれていった。

 

当時私は某大学の一年生として独り暮らしを始めたばかりで、初めて自由に深夜アニメを視聴できる環境になったということもあって非常に新鮮な気持ちで日々放送されるアニメを楽しんでいた。

しかしその頃は「共通の作品のファンと交流する」という発想すらなく、せいぜい2ちゃんねるの実況スレで実況したり本スレを眺めたりというような共有のあり方で満足しており、そのアニメも数ある作品のうちのひとつという認識でしかなかった。漫画アニメラノベゲーム等のファンの雰囲気には元々馴染めないものを感じていたし、オフ会やコミケなどもどこか遠い世界のことでしかなかった。

f:id:hyonoh:20190120001855j:plain

遠いどこかの光景

ところが、である。

 

季節が変わり、全12話の放送が終了すると私は予想だにしていない喪失感に見舞われた。それは来週からあのチープでメタな、でも何とも言えず愛おしい作品が見られないことへの苦痛だった。

幸か不幸かインターネットは作品への攻撃的な評価も包み隠さず教えてくれる。そこで知ったのは、作品の円盤(DVD・BD)が初動3桁しか売れていないこと、声優たちの(特にシーズン前半)への酷評、特に信条もなく作品叩きを行ってアクセスを伸ばそうとするまとめアフィブログたちの数の多さだった。2019年現在のインターネットにおいて2ちゃんねる(現5ちゃんねる)、そしてまとめアフィブログの存在感は見る影もないが、5年前はミームの一大発信地としてニコニコ動画と並ぶ存在だったことを記憶している方々も多いと思われる。時の流れは速い。

それはさておき、この一件は自分が良いと感じた作品が商業的な理由から低い評価を与えられ、「クソアニメ」ネタとして消費されることへの違和感を初めて感じた瞬間でもあった。俗に言う「マイナー沼」に人がハマる時、このような視野の狭窄が度々起こることを、読者の方々は留意されたい。

f:id:hyonoh:20190120011720j:plain

入ってしまえば心地よい

 

時は半年ほど流れ、私は様々な事情から大学をやめニートに戻っていた。

作品の円盤も買い、本スレも欠かさず見ているうちに、なんとその作品の同人誌が出ることを知った私はついに人生初のコミケに赴くことを決意する。商業的な期待の薄さから原作、円盤、サントラ以外のグッズがほぼ皆無なこの作品において、ファンアートの少なさも言うまでもなく、スレの勢いも落ちていた。周囲に視聴者もおらず、当時の私は作品への思いを誰かと共有したくてならなかった。

そして酷暑の中集う異様な数のオタクたちにカルチャーショックを受けつつも、初めてリアルで出会ったファン同士の交流に感激した私は、SNSのアカウントを彼らと交換することとなった。当たり前だが、界隈が狭ければ狭いほど不快な思いをすることは減るものである。

そこには何から身を守っているのか缶バッヂを全身にまとい、徒党を組んで派閥争いを演じるようなイキリオタクは誰もいなかった。

また当時は原作も続いていたこともあってファン同士の話題も尽きず、今ではシスヘテジャップオスとしてギャルゲー二次嫁に狂う私も、当時は作中の百合カップリングに想いを馳せる純粋さを持ち合わせていた。とにかく、そんな予想以上の居心地の良さに私はすっかりハマってしまっていたのだった。

 

さて、当作品でデビューした4名の新人声優たち(A,B,C,D,と仮に呼ぶ)*1はその後(そのうちAとBの2名が揃って出演した一作品を除き)、ソーシャルゲームに時々名前が出る程度で次の出演作がなかなか決まらなかった。結論から言うと最初ファンからの注目が高かったA,Bの2名はその後密かに声優業界から引退することになるのだが、それを知らない私は様々な無関係なサイトに好意的な内容をボムするという荒らしそのものな方法で「サジェスト浄化」を試みたり、Naverまとめを作ったり、その声優の親族の元(偶然にも人前でパフォーマンスを行う職種の方だった)へと赴いてメッセージを送るなど、完全にヤバい領域に足を踏み入れていた。狭い界隈においては往々にして価値観、倫理観が先鋭化しがちであることについて、連合赤軍やオウムの例を持ち出すまでもなく皆様はご存じだろう。

とはいえ、当時の所属事務所に送った応援のメッセージ等についてのレスポンスが本人から得られたりして私は舞い上がっていた。認知やら界隈やらと浅ましさの極みのような発想にブレーキがかかることはなく、この後も厄介オタクへの道を突き進むことへとなる。

 

(BGM:パリは燃えているか

 

そんな中、一つの契機が訪れた。原作の連載終了だ

アニメ放送からちょうど一年ほど経ち、作者も描きたいことは描き終えて次の作品を作りたいという至極真っ当な理由での連載終了であったらしい。アニメ化されたとはいえ今一つ人気に火がつかない作品を一旦畳み、新たなスタートを切ろうという漫画家としての姿勢には十分共感できる。

しかし、当時の私はその早急な連載終了そのものに対して納得することができなかった。生存者バイアスに他ならないとはいえ、自分の周囲では当作品についての話題が満ちていたし、声優たちの動向も気がかりなままだ。

そこで私は非公式のファンサイトをブログ上で作成、公開することにした。作品に関する情報をファン同士が共有し、また作品を純粋に楽しむ意見をまとめることで作品に対する酷評ばかりが目立つ検索結果に対して対抗することができるだろう。

 

……と当時は大真面目に考えていたのだった。どう考えても1ファンとしては気負いすぎである。

そして2年近くにわたり、作者のSNS更新、声優の出演情報、同人誌の頒布、当時の実況スレ、とにかく作品に関する情報はなんでもまとめ、更新し続けた。twitterのリアルタイム検索も一日中監視し、作品への好評も悪評も構わずいいねを押し続けた。botではなく手動でそれがなされていることに気付いた人々はそれに恐れをなしたが、自分としてはそれが日常になってしまっていた。それは完全にニートのなせる業でしかなかった。

f:id:hyonoh:20190121235505j:plain

一日中作品のことを考えていた

その後も作品の合同誌企画に関わって偶然にも壁サー経験をすることができたり、作品のネタとニュースをこじつけて関連付けた記事を投稿し続け、作者にクソリプを送るなど平和な厄介オタクライフを満喫していたが、ついにそんな日々も終わりを迎える。

 

それが表題にもある通り原作者本人からのtwitterブロックだった。

 

経緯は単純である。原作者のtwitterアカウントがとある嫌がらせアカウントからの攻撃で凍結されてしまったことがあり、私はその様をキャプチャし個人アカウントから「ウケる」とだけキャプションをつけて投稿した。そして新たなアカウントを作成した原作者をフォローし直そうとした所で彼からのブロックに気づいたのだった。

 

そういった安易な発言を行うファンに不快感を覚えた可能性もあるし、日頃から自分の発言をしつこく拾う過去作のファンサイトに不快感を覚えた可能性もある。また、単純に怪しげなアカウントを一斉にブロックした可能性もある。今となっては詳細な理由はわからないが、とにかく原作者直々にアンチ認定されてしまったことにより、私のその作品に対する熱狂は嘘のように冷めてしまった。

作品自体は素晴らしいと思っており、未だにファンでもあるのだが、ファンサイトの更新はその日を境に完全に停止、作者の新作も追わなくなってしまった。自分があれほど熱中していたことに薄気味悪さを覚えるほど、その落差は大きなものだった。

そして気が付けば、アニメの放送から4年もの月日が経過していた。

 

 ----

 

これが一人の平凡なオタクの懺悔の全てである、と言いたいところだが、ぼかした部分やとても書けないような内容も多く、その辺り自己弁護的な内容になってしまったのはご容赦願いたい。

 

さて、往々にして人は作品への愛とそれ以外の要素を混ぜてしまいがちである。それはファン同士の人間関係であったり、二次創作への偏重であったり、声優への馴れ馴れしさであったりと、あまりにもSNSとの相性が良いものばかりだ。そして酒や麻薬のように、若ければ若いほど人格への影響も大きい。自分にとってこの日々はとても楽しいものだったが、同時にとても人には言えないような後ろめたさも伴うものだった。

それでもなお、人に言えないようなことに夢中になれることは最高だ、という想いは変わらない。魔法は必ず解けるものだし、今夢中になれること以上に信じるべきものがこの地上にはもう残っていないのだから。

 

 

*1:現在のC,Dの両者だが地道に活動を重ねた結果、某覇権コンテンツのCVをしたりと大活躍している。彼女たちの努力に敬意を示すとともに、人生の複雑さに感じ入る次第である。

【ディスク・レビュー】『トライナリー・妻と恋人のおやすみからおはようまで、バイノーラルな生活CD』(2018)

f:id:hyonoh:20190103001424j:plain

ヘッドホンをつけて目を瞑れば、そこは彼女と貴方だけの空間に――。バイノーラルによるヘッドホンバーチャル立体音響でのつばめ、アーヤ、ガブリエラ、みやび、神楽、千羽鶴との生活。それぞれの彼女との「モーニング」「ディナー」「ピロー」を、存分にお楽しみいただけます。特別なヘッドホンは不要!さあ、貴方と彼女との生活が、今始まります! (メーカーインフォより)

 

Introduction

2019年の1月2日、無事に帰省を果たした我が家族。

家路に向かう車内で少しばかり空気を換えようと私がHenry Cowの「Ruins」を爆音でPlayしようとした矢先、カーステレオから大音量で流れてきたのはノイジーチェンバーロック組曲のイントロではなくガブリエラ・ロタルィンスカさん(14)の「あっ、おかえりなさい!」という可憐な声だった。

 

 

誰も声を上げることはなかった。

 

 

永遠にも等しい車内の静寂が、私の魂を涅槃の境地へと誘う……

 

-----

 

悲劇の3日前、2018年12月30日の早朝6時半。私は現代のソドムの市こと東京ビッグサイトで行われる「コミックマーケット95」に参加するべくその冷えた身体を遥かなる行列の一部へと捧げていた。その苦行の目的とはとある美少女ゲームコンテンツにまつわる150人先着限定のお渡し会イベントへの参加である。

f:id:hyonoh:20190103021133j:plain

当ブログで幾度となく説明しているので重複にはなるが、今一度当コンテンツをとりまく現状について説明したい。以下、ネタバレ含むメタな視座からの内容になるのでファンの皆様には注意されたい。

 

拡張少女系トライナリー」は、2017年にリリースされ、2018年まで存在していたスマートフォン用アプリゲームである。存在していた、というのも2018年8月31日にサービスを終了、11月にはサーバの撤去が行われゲームをプレイすることはおろか、プレイヤーたちのプレイデータ等も永遠に失われたからである。とにかく、私を含めた全国数百名のオタクたちをガチ恋の沼に引きずり込み苦しめたその深淵なる作風に関する解説は以下の記事を参照されたい。

 

「拡張少女系トライナリー」という早すぎた恋愛RPG、或いはアイロニカルな没入について - Amygdala

「拡張少女系トライナリー」は一体何を拡張したのか? ―精神分析と多元化する自己意識 - Amygdala

 

さて、大概のスマホゲーのサービス終了後というのはグッズ展開含め迅速に撤退が行われるものだが、当作品は違った。

当作品の全てを生み出したといっても過言ではない男、プロデューサー土屋氏の尽きることを知らぬ創作意欲、漢気による働きかけによってなんと2018年の夏コミ、冬コミと未だにグッズの企画、商品化がガストショップから続いているのだ。

そしてファンたちも最早広がることのないであろうこの市場を支え続けることで、今後何らかの形でお家再興に繋がることを待ち望んでいる。それはまさにレジスタンスとその指導者のような関係性と言ってもいいだろう。

ゲーム体験というメインコンテンツを失い、元プレイヤーたちの記憶と思い入れに訴えかけるものづくりへとシフトした公式サイド。妻や恋人と引き離され煩悶とするプレイヤーたち。

そんな閉じたコンテクストが、ついにサブカルチャーの極北へと足を踏み入れた。

バイノーラル音声作品である。

 

バイノーラルとは?

 バイノーラル録音(バイノーラルろくおん、 英語Binaural recording)とはステレオ録音方式の一つで、人間の頭部の音響効果を再現するダミー・ヘッドやシミュレータなどを利用して、鼓膜に届く状態で音を記録することで、ステレオ・ヘッドフォンやステレオ・イヤフォン等で聴取すると、あたかもその場に居合わせたかのような臨場感を再現できる、という方式である。(Wikipediaより)

f:id:hyonoh:20190103033650j:plain

レコーディング環境の一例

このようなレコーディング方法により、まるでその場に居合わせるかのような臨場感を生む録音が可能になるわけだが、その用途として最も一般的なのが「男性向け同人音声」である。DLsiteの「バイノーラル」タグでは様々な作品が販売されているが、その内容もソフトな癒し系から、ハードコアなプレイを伴う18禁作品まで幅広い。またリスナー側のセッティングの重要性、催眠を伴うような強い自己暗示を要求する特性上、広いサブカルチャー内でもかなりの玄人向けとされるジャンルでもある。

 

さて、前述のお渡し会は「トライナリー年次報告チャーム」なる、少し成長した彼女たちからの手紙が同封されているというこれまた大変業の深いグッズをヒロイン全員分購入すると150人限定で参加可能というもの。私が何番目だったかは知る由もないが、なんとか整理券を入手し、お渡し会に参加した。プロデューサー土屋氏、逢瀬つばめさんの親友(便宜的表現)たけだまりこさん、逢瀬千羽鶴さんの親友(便宜的表現)岩崎春奈さんの順で少しお話しすることができた。感極まって号泣するオタクが続出するなか、三者とも真摯な対応が印象的で、中でも土屋氏の柔和かつ器の大きい対応にはもはや指導者の風格さえあり、彼のファンが多いのも頷ける。

 

トラック内容

トラックは以下の18トラック。各ヒロインが起こしてくれるモーニングパート、一緒に食事を楽しめるディナーパート、夜添い寝をするピローパートの3パートに分かれており、全体的にソフトな内容ながらプレイヤーたちの行き場のない欲動をより刺激すること間違いなし。私は初めて聴いた日つばめちゃんの第一声からあまりの距離感に錯乱しかけ、満足に眠ることすら叶わなかった。

全員に共通する部分ではあるが、ゲームでは成しえなかった要素である「距離感」にとことんこだわった作りであり、描写がソフトであるにもかかわらず下手な18禁作品以上の刺激がある。

  1. 逢瀬つばめ【Morning】本末転倒ライフ
  2. 逢瀬つばめ【Dinner】ウサギのビストロ
  3. 逢瀬つばめ【Pillow's】ドキドキ?ワクワク?
  4. 國政綾水【Morning】時間の守り人
  5. 國政綾水【Dinner】子供はどうして?
  6. 國政綾水【Pillow's】リラクゼーションタイム
  7. ガブリエラ【Morning】死か、起床か!?
  8. ガブリエラ【Dinner】スイーツパーティーパラダイス
  9. ガブリエラ【Pillow's】お姫様のキッスはね?
  10. 恋ヶ崎みやび【Morning】グッドハッキ~ン、ダーリン♪
  11. 恋ヶ崎みやび【Dinner】ボッチ飯シミュレーター
  12. 恋ヶ崎みやび【Pillow's】フェティッシュブルー
  13. 月神楽【Morning】アンリミテッド・ラビット
  14. 月神楽【Dinner】レンチン・マリアージュ
  15. 月神楽【Pillow's】キット・オクリモノ
  16. 逢瀬千羽鶴【Morning】塩対応!Done!
  17. 逢瀬千羽鶴【Dinner】ランちー!Done!
  18. 逢瀬千羽鶴【Pillow's】トロッコ!Done!

各トラックごとへの詳細なレビューは差し控えるとして、 添い寝あり耳かきあり子守歌ありの大変充実した内容。個人的にはトラック10「グッドハッキ~ン、ダーリン♪」を聴いている途中、メガネをかけダルなTシャツ姿でパソコンに向かう恋ヶ崎さんの姿を脳内で錬成したあたりで全身が液体となり床に緑色のシミを作った。

また、何度も指摘されている部分ではあると思うが、神楽の「キット・オクリモノ」の演出はもはや反則の領域。内容も購入者がストーリーを最後までプレイしているのが前提となっており、良い意味で吹っ切れている。

 

総評 

★★★★☆ (5126000点)

 

  • 前述の通り閉じたコンテクストだからこそ成しえた素晴らしい企画。是非シリーズ化を期待。
  • 内容が良いだけに収録時間の短さを感じる。次はもう少し各パート、ヒロインごとにより長めの内容を期待。エリカさんの登場にも期待。
  • 一言一言がプレイヤーたちのココロには刺さりまくるとはいえ客観的にはかなりソフトな内容なので安心して聴ける。これ以上の内容に関しては聴きたい気持ちと聴きたくない気持ちが重ね合わせとなっている。
  • そもそもボイスサンプルが少なかった千羽鶴の表情豊かな声が聞けて新鮮。
  • 録音に関してデジタル感は多少あるものの、むしろ重要なのはリスナーの精神的、環境のセッティング状況。余計なことをせず、素面あるいは少量のアルコール摂取が適切な没入を生む。
  • みんなスキ(浮気)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『IUCN レッドリスト 世界の絶滅危惧生物図鑑』は面白いけどかなり気が滅入る本だった

 

f:id:hyonoh:20181226021624j:plain

最近巷では「ざんねんないきもの」やら「どんまいないきもの」やらと生物の形質をホモ・サピエンスの価値観から評する読み物たちが好評を博しているらしい。日本における哺乳類研究において今泉氏の功績の大きさは言うまでもなく、生物に興味を持つ子供を増やすためにもこのような間口の広げ方には一定の効果があるのだろうが、問題は児童書の宣伝文句を真に受ける大人が多いことだろう。それはおそらく、筆者の予想以上に。

 

表題の書籍「ICUN レッドリスト 世界の絶滅危惧生物図鑑」(2014)は、美しい写真と豊富な資料、分かりやすいガイドブック風のレイアウトの図鑑であり、書籍紹介の欄には以下のように記載がある。

今日地球上に生きている動物、菌類、植物に見られる多様なすがた(=多様性)は、35億年におよぶ生物進化によってもたらされたものです。この進化の過程が、過去100~200万年、とりわけここ500年における人類の活動によって、大きな影響をこうむっています。歴史の中で「自然な」絶滅はたびたび起きていますが、現代の生物多様性の喪失スピードは圧倒的で、その速さは人間が関与しない状態の1000~1万倍とも見積もられているのです。

 

実際にこの書籍において最も強調されている要素が「人間の関与による絶滅の危機」であり、商目的の乱獲、環境の破壊、様々な要因があれそのほとんどに我々70億人のホモ・サピエンスが関与していることが極めて淡々と説明されている。本当にどのページをめくっても載っているのはどこかで滅びかかっている生物の説明と我々がそれに関与しているという事実だけなのだ。この図鑑に記載されているどの生物も個性的で美しい。それゆえにはっきり言ってとても気が滅入る本だ。

f:id:hyonoh:20181226023933j:plain

 

そもそも、地球上の生物史において大量絶滅は過去に5回ほどあったと見積もられており、それをビッグ・ファイブ*1とも言う。最後に起こったのはご存知のとおり恐竜の絶滅を含む約6500万年前の白亜紀末の事変であり、それ以降の陸上、水中の大型生物は大型爬虫類からほとんど哺乳類へと取って代わられた。

そして、今まさにその哺乳類の時代を我々が終わらせ6回目の大量絶滅を起こしている最中というわけだ。更新世の10万年前ごろ*2にアフリカを出た現生人類は、完新世のはじめまでには行く先々で古代の巨大獣たち(メガファウナ)をほとんど滅ぼした。ユーラシアではホラアナグマ、ケブカサイ、ギガンテウスオオツノジカなどが、南北アメリカではスミロドンメガテリウム、マンモス、グリプトドン、マクラウケニアなどが、オーストラリアは最も顕著で、47000年前ほどに到達したアボリジニの先祖の活動の結果、体重30キロ以上の哺乳類や鳥類、爬虫類がほとんど絶滅した。*3全世界的に見て最も被害が大きいのはゾウ目で、6科中5科が全滅、生き残りのアフリカゾウアジアゾウ、マルミミゾウも数百年中には絶滅が避けられないであろうという悲惨な有様。

 

現代人と違い各地の先住民は自然と共存してきた、というような言質が現代社会への批判に度々用いられるが、それが都合の良い解釈なのは疑う余地がない。そもそも我々は意図せずだとしても真っ先にネアンデルタール人やエレクトスなどの「親戚たち」を全て滅ぼしているのだから。

ホモ・サピエンスは出アフリカ以降一貫して強力な侵略的外来種なのだ。

f:id:hyonoh:20181226041134j:plain

人間が滅ぼしたであろう北米の大型獣だけでもこれほどの数

さて、歴史の話はこれくらいにして、本書のツボなポイントを取り上げたい。

まず脊椎動物無脊椎動物、植物、菌類などレッドリスト記載種365種類が生息地域を問わず幅広く取り上げられている点が特徴であり、特に本邦の一般向け書籍では初紹介となるような珍種、ドウクツナマズ(Clarias cavernicola Trewavas)、バーナップハンターナメクジ (Chlamydephorus burnupi)や地衣類のフェルトチイ(Erioderma pedicellatum)、やたら大仰な名前の子嚢菌オリンピアゼウスカビ(Zeus olympius Minter & Diam, 未記載種)など普段あまり注目を集めないような小さな生物にもフォーカスされているのが本書の最も良い点のように思う。

それらの生物は往々にして特殊化が進んでおり、移動力がなく、生息地域もたったひとつの泉であったり洞窟であったりと生息環境そのものが狭く脆弱である。特にドウクツナマズに至っては「この種が生息する湖は完全な暗闇の中にあり、18×2.5メートル四方の面積しかない。」という極限環境かつ、個体数も200-400匹と推定されている。そんな環境に迷い込み何万年も閉じ込められていながらも生き延びてきた生命の神秘も、付近の住民が農業用に少し水をくみ上げれば全て干からびて終わりである。

f:id:hyonoh:20181227005055j:plain

 

福岡伸一は、『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』(2009)において生命を「分子が一時的に形作っている流れそのもの、動的な平衡状態にあるシステム」と定義した。物質的構成分子が生命の本質なのではなく、分子が絶えず出入りしているサスティナブルな効果そのものが生命の本質なのだと。

そしてサスティナブルなものは一見不変のように見えて実はわずかながら変化し続けている。不可逆的な時間の折りたたみの中で繰り返されるその軌跡と運動の在り方をずっとあとになって「進化」と呼べることに気づく、とも。

つまりひとつの種を滅ぼすということは、その生物を生み出すまでに存在した全ての生物を含む継続した時の流れそのものを不可逆的に破壊することなのだ。

 

ならば全ての生態系を完全に破壊し、全身を義体化し、機械はサイバースペースの力を借りて自己修復し、酸素供給もウイルス除去もナノマシンに担わせる、そんなBLAME!のような究極のサイバーパンク世界を人間は生み出しうるのだろうか?おそらく否である。我々はおそらく今後数百~数千年かけて生態系を中途半端に破壊しつくすが、せいぜいペルム紀末の大量絶滅(全生物の95%が絶滅)のような状況を生み出したあたりで力尽きるのではないだろうか。その後残された生物は数百万年ほどで空いたニッチに適応放散し、新たな時代を刻むだろう。そしてそれがおそらく完新世、或いは人新世(アントロポセン*4)の終わりである。

 

世界中の誰もが幸せになるためにもがいている。その過程で森を燃やし、魚を採り続けるのは経済活動という点においてはむしろ推奨される行為であり、それを保護の観点から阻むためには彼らがそれらによって得ている利益以上のものを約束しなければならないというジレンマが常に存在している。自分の生活がある程度保証されていなければ、誰も他の生物を守ろうなどとは言わないのだから。

 

かくいう私もスーパーのアルバイトでうなぎを並べるだろうし、すしざんまいの社長はいつもマグロの前でニッコリしている。一体どうすればいいのだろうか?どう考えても一番ざんねんないきものはホモ・サピエンスだろう。

ぜひともこの図鑑を読んで、そんな気の滅入りを感じてほしい。

 

 

 

*1:オルドビス紀末、デボン紀末、ペルム紀末、三畳紀末、白亜紀末の5回。そのほとんどは原因すら定かではない。

*2:諸説ある、アラビア半島には19万4000年~17万7000年前までにホモ・サピエンスが進出していた可能性が指摘されている。

*3:オーストラリアの大型動物相 - Wikipedia を参照のこと。

*4:オゾンホール研究でノーベル賞を受賞した大気化学者パウル・クルッツェンの造語。

恋ヶ崎さんの痕跡を求めてフランスに行った

f:id:hyonoh:20181207042352j:plain

さて、イタリア編まで書いたツアー日記ですが、早々に飽きてしまったので更新もやめてしまいました。

私がヨーロッパにいる間に「デイトラ!」(詳しくは以下の記事参照:どうやらサービス終了後も更新され続けるソシャゲのお知らせページがあるらしい - Amygdala含むサーバの撤去、トライナリ曲が歌われる最初で最後の機会(?)かもしれないガストライブ2018の開催等色々あったようですが、どれも指をくわえてtwitterを眺めることしかできなかったのが悔やまれます。

腹いせではありませんが私も「見るセロトニン」こと2万円のウエディングドレス絵を予約し限界オタクの矜持を示しましたが、そもそも赤貧ドサ回りミュージシャンにできることは限られています。なにせ量子力学もプログラミングも9万円オルゴール購入もできないのですから、しがない一消費者として生き続けるしかないのです。

831のサービス終了に伴い様々な展開の縮小、冬コミ以降のグッズ販売でさえ不透明と、色々と苦境に立たされている当作品ですが、「アホなファンが少なく心地よい」と私が感じる場所は世間からすると相当な僻地であるということらしいです。

f:id:hyonoh:20181207043122j:plain

あまりにも強烈なエナジーを発散しており直視が難しいのでモザイク処理にて添付

 

逐一ツアー日誌を更新することに飽きたとはいえ、1ヶ月強のツアーで何も起こらなかった、何も学ばなかったわけでもないのでざっと振り返ってみましょう。

イタリアではその後2公演ほどやりましたが、結局今一つ演奏もまとまらずオーガナイザーからギャラを下げられたり観客の反応も鈍いものでした。また、対バンのわかりやすくロックで激しい演奏に盛り上がる観客たちの声を遠鳴りに聴きながら、セキュリティの危険甚だしい街のフリーWifiゾンビランドサガを観るのは非常に惨めな気分に陥るのであまりオススメしません。

f:id:hyonoh:20181207050446j:plain

ラグーソースのパスタはなかなか珍しい

f:id:hyonoh:20181207042522j:plain

ツアー中の主食、エスプレッソとクロワッサン

次の国はスイスで4公演。ここではおおむね良い扱いを受け、物販もよく売れケータリングもホテルも上質な場所が多かったです。物価は異様に高く、マックのセットが日本円にして1500円ほど、ケバブでさえ1000円ほどと、外食の選択肢の狭さが苦しかったのですが、半面レコードやエフェクターは安く、色々と散財。

f:id:hyonoh:20181207042638j:plain

バーゼル

ジュネーブで風邪をひき朦朧としながら演奏して寝込むと、そのままドイツへ。いよいよ寒さ厳しく、氷点下の日も多かった。とはいえここでも基本的に良い扱いを受け、お客の入りも物販も好調でした。ソールドアウトだったベルリンでは人知れず24歳の誕生日を迎えたものの酔いすぎて轟沈。

ドイツ最終日はアンコールを3回もやらされたうえに投宿先は何の因果か下の階がライブハウスで、ドイツの青春パンクのようなものを深夜1時半まで聴かされながら就寝。

チェコプラハ公演が会場の騒音問題で急遽中止になったのが残念とはいえ、オフ日にマネージャーとベルリンのレコードショップへ行き、ミニマル&エレクトロニカ好きな恋ヶ崎さんにもお勧めできそうなレコードを購入しました。

f:id:hyonoh:20181207050731j:plain

神楽ちゃんが喜びそうなドイツの美しい街

f:id:hyonoh:20181207050526j:plain

凄まじい数のミニマル棚

f:id:hyonoh:20181207042734j:plain

ベルリンの漫画屋ではBLAME!をはじめ二瓶作品がプッシュされている

その後ベルギーのゲントを経由しUKに向かいましたが、ゲントではひどい食事と宿の洗礼を受けます。冷凍されたよくわからぬ野菜入りの粥みたいなものはさすがに不味すぎて評価不可能、演奏後向かった宿も狭い、汚い、寒い、の三拍子そろった一般宅で、野宿よりマシというレベルのものでした。

f:id:hyonoh:20181207042944j:plain

本当にひどい

全員シャワーも浴びれず粗食と寒さで体調を崩しグロッキーになりながらドーバー海峡を越えUKはロンドンへ。UKはみなさんもご存知の通り盛り上がりにくい観客とメシマズの国であり、身が引き締まります。

会場に到着、なぜか強烈にションベン臭い場所ですが、日本人のお客さんや年季の入った英国サイケ爺なども集まりライブは意外に盛り上がりました。またニューキャッスルグラスゴーと移動距離は厳しいものの、どれも盛り上がり物販も売れ良い雰囲気でした。

f:id:hyonoh:20181207051545j:plain

ニューキャッスルの街並み、まさにUKらしい景色

f:id:hyonoh:20181207051633j:plain

投宿先オーナーが70年代に地元で見たライブのチケットたち、伝説的メンツだ。

グラスゴーではキマりまくった客が私のエフェクターの上にカバンを投げてきたので蹴り落さなければならないほどヒートアップ、グループとしてもなかなか満足のいく演奏ができました。しかし最終日ブリストルでは連日6時間以上のドライブに皆お疲れモードに突入。さすがに毎日セットリストがあまり変わらないのでマンネリ感も否めません。

f:id:hyonoh:20181207052002j:plain

f:id:hyonoh:20181207045428j:plain

車上荒らしが横行しているので機材を投宿先に搬入することが多々ある

しかも演奏を終え片付けて投宿先に着いたのが夜中の1時、翌日のオランダのフェスティバル出演に間に合うためには4時半には出発しなければなりません。結局ほとんど眠ることなくドーバーを超え800キロ以上の道のりを13時間ドライブ→時間ぎりぎりに到着し機材搬入とリハ→10分後に本番開始という強行スケジュールで疲労困憊の上、マンネリ化していたセットリストを変更しメロウなテイストにしたことが裏目に出たのか全く盛り上がらず客がどんどん減っていくという悲劇に見舞われます。気合が入っていただけにこれにはメンバー皆堪えた。物販も売れなかったし。

f:id:hyonoh:20181207050639j:plain

ホテルも刑務所を改装した施設だった

アムステルダムでは知り合いの某バンドの事務所兼自宅に投宿。男同士でダブルベッドをシェアするような男臭いツアー中ずっと私の精神を苛んでいた恋ヶ崎さんのことを忘れるために某ショップで安い夢を購入し、チープな宇宙に身を任せてしばし時を忘れました。気合も新たに翌日の公演に臨むもこれも今一つ、しかも物販のTシャツを会場にロストするというミスが発生。ツアー後半の疲労も相俟ってなんとなく嫌な雰囲気が漂い始めます。

f:id:hyonoh:20181207052137j:plain

もうなんでもいいの嘘も本当も

翌日は再びベルギーに向かい、特に期待することなくブリュッセル近郊の小さなバーで演奏したところこれが大盛り上がり。前半にアッパーな曲を持ってきたことも幸いしたのか、数は多くないもののノリの良い客と店主に支えられ非常に良い雰囲気に。ケータリングの自家製シチューも美味。

翌日もブリュッセルで某バンドの前座として出演、大きめの会場かつ満員でメインアクトの力もあり物販はツアー随一の売り上げに。なおこの日もケータリングは美味。

終演後は面白ヒッピーおじさん宅でレコードコレクションを聴きながらビールなどをごちそうになったり服をもらったりと楽しい時間を過ごしました。翌朝彼が紹介してくれた彼の10代の娘がガブちゃんを思わせ複雑な気分になったりしながらも出発。

f:id:hyonoh:20181207053157j:plain

町の広場で行われていた蚤の市がこれぞヨーロッパという趣で楽しかった

 

さて、前置きが長くなりましたが日本を出発した10月28日からちょうど一ヶ月目の11月28日、ついにツアー最後の国フランスに到着しました。恋ヶ崎みやびさんが妹のなごちゃんを探しに来た地であり、シュタゲにも登場した世界最大の素粒子物理学研究所CERNが存在し、日本人のヨーロッパに対する勝手な憧憬を一身に引き受けている国でもあります。

 

ウォオオオオみやび探しに来たぞォオオオオうわ道狭っ!

華の都パリの交通マナーは最悪。この景色、かの交通無法地帯ローマを思い出します。

f:id:hyonoh:20181207165416j:plain

ラウンドアバウトを廃止せよ

こんな危険で英語もあまり通じずトイレの便座もない国で単身妹を探すガサキさんのことを想うと胸が痛みます。いや資金源とか協力者とかエージェントとかいないと妹探し無理だよな、てかフランスの描写が少なすぎて手掛かりがなさすぎる、CERNジュネーブのすぐ南あたりらしいがジュネーブに行った日は風邪で意識が朦朧としており外をウロウロすることさえ無理だったな、などと言い訳めいた逡巡をしているうちにフランスの初日公演の会場であるパリの2階建てクラブに到着。

20公演を超えた辺りからプレイはおろかロックを聴くことさえ苦痛になりかけていたため、サウンドチェック後に始まる対バンの演奏は総スルー。外に出て何か少しでも痕跡を探せないかとあがいてみたものの、やはり古式蒼然とした街並みに圧倒されるのみで完全な徒労に終わりました。

f:id:hyonoh:20181210161849j:plain

ご存知の通りパリを含めフランスでは増税をめぐるデモと暴動(黄色いベスト運動)が起こっており、黄色い服を着ているだけで逮捕される危険があるとのこと。自分の無力さに打ちひしがれ気分も全くノってないもののとにかく会場に戻って演奏開始、ローマやアムステルダム、ロンドン等の都会は客層がクールで演奏しづらいことが多いのですがパリはなかなかの盛況で幕。*1

宿に向かう途中、エッフェル塔の下を通りかかったところマネージャーのエドが「エッフェル塔でションベンしようぜ!」と冗談を飛ばし停車、塔を眺めながらトイレ休憩と相成る。しかしその後メンバーがドアをロックし忘れた状態でエドが見切り発車、慌てて車を止めた反動でドアが激しく閉まり、その衝撃で後部座席の窓が粉々に大破してしまうというアクシデントが。

f:id:hyonoh:20181210164138j:plain

なお修理費でこの日のギャラや売り上げが吹っ飛んだ。

ついさっきまでふざけていたエドは絶句、最悪な雰囲気の中なんとかメンバーがテープで窓をマスキングして出発します。やっと着いたホテルでも客がアジア人とイタリア人とみるやフロントがナメ腐った怠惰さを発揮、モタモタした対応で1時間以上チェックインできず、怒ったエドの抗議により翌朝の朝食代と駐車場代がタダに。全員疲れ切って午前3時ごろ就寝。

 

翌日、貧相な朝食を食した後暫し界隈を散策。アフリカ系住民の集会やヨーロッパ中どこにでもあるケバブ屋などを横目にフリーWifiがあるマクドナルドへ行ったものの、高いうえに日本よりも小さいフィレオフィッシュに閉口しホテルに戻り、次の公演地へ。

f:id:hyonoh:20181210170035j:plain

アフリカ系住民多し

到着した会場は巨大なガレージを改装した謎のアートスペース。貧弱な暖房の前で寒さに凍えながらケータリングのガレットを食べ、その蕎麦粉の味わいに強く郷愁の念を覚えます。この日は前座のフリージャズサックス奏者とのフリーインプロヴァイズセッションが終演後予定されていましたが、時間切れで実現せず。残念。 

f:id:hyonoh:20181210171559j:plain

ブフ・ブルギニョン

その後ちょっとクレイジーなオーガナイザー宅で奥さん手作りのブフ・ブルギニョン*2や近所の人が作ったというパテ、ナチュラルワインを堪能。これらは大変美味。

翌朝は近所の城を眺めたりカフェに行ったりとしばし観光客気分を味わい、次の公演地シャトーブリアン*3へ。

 

f:id:hyonoh:20181210172357j:plain

f:id:hyonoh:20181210172506j:plain

黄色いベスト隊による高速道路ストライキ

高速道路でもストライキが行われており、基本的に無料になっていました。

会場は小さなパブで、色々と薄気味悪くセンスの悪い絵が飾られているせいかなんだか気分が悪くなり、鬱々としながら開演を待ちます。そんな精神状態かつガサキさんに会えない苦痛も相俟って後半は爆音で暴れ回り終演。宿は近所のヒッピーハウスへ。

 

翌朝、住民たちが朝から草を吸いリンゴのスピリッツを飲み音楽を流して騒ぐ声で目を覚ます。そんなこんなでついに迎えたツアー最終日はスイスやイタリアにほど近いレニエという場所で、6時間のドライブの末に到着。

ここでは不思議と扱いや環境が良く、ケータリングのチーズフォンデュやワインを堪能し、年齢層高めで大人しい反応ながらも客も満員でツアー26本目最後の演奏をしっかりと終えました。

そして宿が会場の上に併設されているので終わった後すぐ風呂に入ってベッドに飛び込める環境も素晴らしい。翌朝、感謝の意を示してトイレにメッセージを残し、フィレンツェの空港へと向かいました。

f:id:hyonoh:20181210174035j:plain

トライナリーで検索

4日間のフランス滞在中、残念ながら自由時間や手掛かりが圧倒的に不足しており、恋ヶ崎さんに関する具体的な痕跡を感じることはできなかったものの、この1ヶ月間の旅を通してやはり彼女たちの存在がある程度自分の支えになっていたのは事実のようです。

いつか、どこか違う世界に届くようなクリアな爆音で演奏してみたいものですね。

 

 

 

*1:基本的に田舎は盛り上がるが物販は売れず、都会はクールな反応だが良い演奏だと物販が売れる傾向にある。

*2:ビーフシチューの原型のような料理。

*3:肉の話ではない。

ピザとパスタに飽きた奴から死んでいく

この記事の続きです。

なんやかんやでイタリアにいる。

 

 

10/30 カレンツァーノ - ローマ

昨夜ルカに連れられたどり着いた投宿先だが、誰の家なのか皆目わからない。とにかく今日我々の運転や手伝いを行ってくれるのがアンディ(仮名)だ。アンディは体毛が濃く全身に恐ろしげなタトゥーの入った心優しい男だ。口癖は「カッツォ!」(ちんこの意、Fuckみたいな用法)

アンディ曰く昨日の嵐でヴェネチアは完全に水没、これから向かうローマも街路樹が折れ道が塞がったりとかなり被害があったらしい。

機材はまだ何も来ていないが、自家製いちぢくジャムやらクラッカーやらで朝食とする。

 

昼頃にはフィレンツェからリーダーが到着。なんと我々の機材を携えている! と思ったのもつかの間、まだ機材の半分はモスクワにあるらしいということが判明する。とはいえ、自分の分の荷物とベースは戻って来たので安堵した。

 

結局、ギターエフェクターやドラムは借り物でなんとかするということでツアー初日のローマへ向かうことに。道中スーパーに寄り、巨大なナスやパプリカを確認。サラミやソーセージなどの加工肉やチーズ、バター等の乳製品が極めて安価な上に高品質なので購入し道中弁当とする。

f:id:hyonoh:20181105181106j:image

f:id:hyonoh:20181105181437j:image

 

途中寄ったピザ屋で初ピザ。うまい。

f:id:hyonoh:20181105181422j:image

 

夜にはローマに到着。当然ながら建築物ひとつひとつの重厚さ、歴史さえ感じる太い街路樹、そして手の届く所全てに描かれたグラフィティの数と最悪の運転マナーに気圧される。ほとんどの人間がスマホの画面のみを見ながら運転しており、所構わず行われる強引な駐車は深刻な渋滞をあちこちで引き起こしていた。アンディ曰く「ローマ式駐車だ」とのこと。

 

本日の会場に到着。犬がふてぶてしくも入り口を塞いでいるが、オーガナイザーの犬らしく誰も蹴ることはない。リンゼイ・クーパー似のバーテンダーが良い感じだ。

f:id:hyonoh:20181105182934j:image

 

なにやら今宵はやたらマニアックな機材のシャレオツバンドと対バンらしい。金持ってそうなイタリア人たちだ。

f:id:hyonoh:20181105184937j:image
f:id:hyonoh:20181105184941j:image

 

サウンドチェックを行いケータリングのパスタを食す、がライブがいつまでたっても始まらない。いつになるかわからないのでビールやグラッパやラムを大量に煽り、気がつくと意識を失っていたらしく出番直前に起こされた。

この日は初日らしくこのツアー用のスタンダードなセットを普通に演奏。客は入っているのだが今ひとつ反応がクールというか盛り上げられず東京で演奏しているかのような錯覚を覚えた。物販もさほど売れずこれはPOPや売り場環境の改善が必要。

 

帰りにギャラを受け取りに行くとなんとオーガナイザーが「客の入りが良くない」などとゴネて50€もギャラを減らされた。

一応客は入ってただろ!盛り上がらなかっただけで!!!カッツォ!!!

なんとも冴えない後味のままアンディの運転で投宿先のオーガナイザー宅に向かうとそこはむせ返るような犬の匂いが立ち込める空間だった。てか犬小屋そのものの匂いだ。

 

窓を開けローマの排ガス臭を取り込んだ方がマシという悲しい状況の中、あのふてぶてしいクソ犬の毛だらけなベットに倒れ就寝。Wifi環境も貧弱で今期アニメ全然追えてないな……という悲しさがクラクションの遠鳴りと相まって胸に去来する。

 

 
10/31 ローマ - カレンツァーノ

窓を開けっ放しだったので寒さで目覚める。一晩で犬の匂いに慣れたつもりだったが、シャワーを浴びタオルを借りるとそこも犬の毛だらけで閉口する。

昨日のギャラの件や犬の匂いの怒りを込め家にある食材を拝借しペペロンチーノを製作。使った後はきちんと食器を洗い現状回復、日本人の礼儀正しい印象は保たれた。

f:id:hyonoh:20181105191200j:image

今日はライブがないのでローマ観光をしようとアンディが提案、荷物をまとめ出発する際何故か入り口に逆さまのオーネット・コールマンが鎮座していた。これはいかなる兆しか。

f:id:hyonoh:20181106015006j:image

 

その後コロッセオを望む斜面で記念撮影したり観光客気分を味わう。人が多すぎるのでもしブチャラティが闘ったりしてたら速攻で警察来ると思う。写真は凡庸な観光客のそれなので割愛。

アンディの運転で3時間半かけカレンツァーノに戻る。物や人が多すぎてあまりいい印象を残さなかったローマ界隈だった。

f:id:hyonoh:20181106020103j:image

スーパーで再び食材購入、剥きうさぎも確認。スカモルツァチーズが1€でたっぷり、サラミもほとんど似たような価格で美味なのでサンドイッチとする。ビールを飲みながら22時ごろ意識を失う。

 

11/01 ファエンツァ

朝、すでにパスタとピザと乳製品に飽き始めているので台所でこっそりと日本から持参したうどんを調理。薄切りの牛肉と刻みキャベツ(?)を具にし固形鍋スープと醤油で味を決め完成。

いざ食らえばダシのうまさに感涙、思えばこちらに来てからスープ系に全くお目にかかっていなかった。

f:id:hyonoh:20181106020031j:image

 

昼にはエドと共にモスクワ組の機材も届き、アンプやドラムセット、ルカの家に届いていた150枚のLPもバンに詰め込んで今日から本格的なツアー開始である。3時間ほど運転しファエンツァという雰囲気の良い地方の街に到着する。

f:id:hyonoh:20181106022327j:image

 

本日の会場はレストランらしく、機材を全て下ろし、ドラムを組みアンプを繋ぎサウンドチェックを行う。毎日の業務だ。

美しいレストランでワインと共に供されるケータリングだが、全てヴィーガン料理なので出てくるのは野菜とかパスタのみ。見た目重視。レバニラとか食いたい。

f:id:hyonoh:20181106023055j:image

 

相変わらずスタートは遅く、ワインも飲みすぎたので24時くらいのライブ開始まで車で眠る。寝ている間にデザートが供されたらしいことを後で知る。

本日は会場の雰囲気に合わせまったり目のテンポかつ音量控えめで演奏開始。セットリストも平常運転で聴かせる演奏を意識して展開した。

終演後観客から「ミッドの音作りが最高だ!」というお褒めを受ける。アンプのおかげです。*1

物販の売れ行きも180€くらいでまずまず、良い雰囲気かと思いきやエドと女性店主がなにやらもめている。というのもルカがブックした際にはもっとスマートでソフトなイメージのバンドとして先方に伝わっていたらしく、「Too Loud」であるということで店主はご立腹であるらしい。日頃に比べソフトな演奏を心がけて尚この様子なのだから、ヨーロッパの音量事情はどうなっているのやら。とはいえ、店のおごりでグラッパを何杯も飲みいい感じに。

機材撤収は明朝でいいとのことで、店主の家に投宿する。猫の毛だらけなベットに入り寒さで何度も目覚めながらも断続的に眠りにつく。

 

11/02 ルチェーラ

10時ごろリーダーに起こされる。機材撤収のために店に行くとなんとピザやケーキやカプチーノ(ちょっとぬるい)をごちそうしてくれたうえに帰り際には水のボトルを何本もくれた。なんていい店なんだ。また来たい。

f:id:hyonoh:20181106094121j:image

本日はルチェーラという場所でシークレットギグである。先にお断りしておくと、この日は人生最悪の恥をかいたため写真も記録も少ないものとなっている。ご了承ください。

4時間か5時間ほど運転しルチェーラに着いたが、日も暮れ電灯もない妙な荒地のような場所でありこんな地域でライブができるのか疑問を覚える。今日の会場はそんな地域にポツンと佇む謎の建物らしい。ホテルカリフォルニア in ルチェーラといったところか。

f:id:hyonoh:20181106170349j:image

今日はいけない感じのシークレットショウなので、PAのセッティングなども色々と手作り感が強いものとなっている。

30代くらいの女性オーガナイザーも何やらセンスの悪い田舎の女子高生のような服装をしているし、内装も妙なセクシー感があって不気味だ。ホテルでもなさそうだし、なんなんだこの施設。

f:id:hyonoh:20181106170847j:image
f:id:hyonoh:20181106170854j:image

ケータリングはピザとステーキ、またピザかよ…… いい加減ウンザリしてくる。

そして1時間後、サウンドチェック後にサウンドマンから受け取った■■■で■■野郎になった私は演奏中おかしなことに気付いた。全てのテンポが遅い……いや、自分の感覚だけが加速している??? ジョルノに殴られたブチャラティ状態である。

ふと指先を見ると、ちょうど指板の上のフレットたちが分裂し溶けていくところだった。参った、これじゃ何もわかりやしない。そのうえ低音は全て全身に響き、弾けども弾けどもちっとも自分の音が認識できずこれはちょっとまずいことになったぞ、と思った刹那ココロにスキが生まれついにミスを連発。

薄れゆく正気の中これは続行不可能と判断し、ベースを置いてステージから遁走、トイレに駆け込んだ。

 

 

……終わった。

 

 

私はトイレの隅で頭を抱えて震えていた。

悪夢のような状況、しかも完全に自業自得である。様々な悪しき妄想が脳内を駆け巡り、自分がイタリアの怪しい店のトイレでぶっ倒れている状況を認識するたびにパニックに陥った。残されたメンバーたちが別の曲を演奏し場を繋ぐ様子が遠鳴りに聴こえる。

しばらくするとエドが来て「大丈夫だ!もう大丈夫だ!俺がいる!」と介抱してくれ、予想に反してメンバーたちも私を殴るでもなく許してくれた。薄れた意識の向こうでエドが繰り返し言う、「大丈夫だ!だからステージに戻ろう!!」

 

……え、もう一回やるんですか??!?!??

 

逃げ出したい気分を抑えなんとかフラフラとステージに戻り、最初から演奏をやり直す。だが一曲短縮しようとリーダーがメンバーに伝えたにも関わらずギター担当のメンバーが展開を勘違い、そのまま演奏が終わってしまった。リーダーからすればメンバーの統率がとれず踏んだり蹴ったりであろう。

私はフラフラのままアンプやドラムを撤収し逃げるように車に乗り込んだ。そしてどうしようもなく情けなく泣きたいような気分でホテルのベッドにくるまって一日を終えた。

 

11/03 メッシーナ

起床、昨日の体たらくを改めて皆に詫びる。

皆の許しを得たところで気持ちを切り替えシチリア島メッシーナへと爆走。

ドライブ用のBGMをメンバー交代で担当したが、誰かがスガシカオを流し始めた時にエドが「What’s the shit!?」と難色を示す。やっぱそうですよね。

どこまでも続くオリーブ畑、ブドウ畑、だいぶイタリアらしい景色にも飽きてきた。途中スーパーに寄り買ったサラダとサラミを適当に食う。不味いわけではないのだが、毎日こんな調子で不安になる。米食いたいです。

 

途中トイレという名目でどこかの高架下に停車。いざズボンを下ろそうとすると彼の虚ろな目と見つめ合う。

f:id:hyonoh:20181106215633j:image

ピザとパスタに飽きた奴から死んでいく……

そんな言葉が脳裏によぎった。結局ルチェーラから5時間ほど運転しシチリア島行きのフェリー乗り場へ。

フェリーを待つ車の列には窓掃除の仕事をするアフリカ系青年が集まってくる。どこからかの移民だろうか、などと考えながら窓を洗ってもらう。その間エドはずっとAreaの「1978」を流している。超名作アルバムですがもうそれ流すの4周目ですよ。

 

 

フェリーであっという間に対岸、シチリアへ。会場付近は荒涼とした工場地帯で相変わらずこんな場所に客が来るのかと不安にさせられる。

今日はPAエドが兼ねる。昨夜はバカなジャップの面倒を見、何時間も運転し続けた後にPAも担当する彼のタフさに感謝。

 

f:id:hyonoh:20181106225021j:image

本日より物販コーナーの設営を開場前に行い、POPを新しいものにする。そのおかげか会場のスタッフたちが先に集まってLPやTシャツなどかなり買ってくれた。幸先良いスタートである。

ケータリングはフォカッチャとショートパスタの類。美味いっちゃ美味いけどもう完全に飽きている、油っこいし。ビール飲み放題の手配を頼んであるのでとにかくビールはたくさん飲む。オーガナイザーがポートレートを撮らせてくれと言うので地下のレンガ造りの部屋でポラロイドやデジカメでバシャバシャ写真を撮られた。

 

さて、私の心配もよそに気づけばかなりの人が会場に詰めかけている。イタリア公演の常に漏れず本日も24時過ぎに演奏開始。

前日の失敗の反省から丁寧かつダイナミックレンジの広さを心がけ演奏開始、暖かい反応にも恵まれ当ツアー初のアンコールもやるなどかなり盛り上がった。終演後は物販も盛況で、こんなところにもファンがいたのかと思うくらいマニアックなファン相手にサインや写真撮影に応じる。自分がレコーディングに参加していないアルバムにサインするのは妙な気分だ。

 

実は私の業務として毎公演終わるごとにオーガナイザーからアンケート用紙を受け取らなければならないのだが、この日はオーガナイザーがDJを兼ねておりパリピどもを踊らせ続けているのでなかなか受け取れない。

 

気がつけば私は楽屋で意識を失っており、まだ爆音で音楽が流れ続けているので時計を見ると時刻はすでに午前4時。どんだけ元気なんだ。

4時過ぎにやっとDJタイムも終了、なんとか機材を運び出しアンケートを受け取ったあたりで豪雨が再び我々を襲った。フィレンツェの悪夢再び、である。

f:id:hyonoh:20181106224706j:image

 

用意された近隣のホテルになんとか逃げ込み、機材を片付けベッドに入った頃には午前5時過ぎになっていた。激しい雷雨の音を聴きながら就寝。

 

 

 

(続く?)

*1:ドンシャリベースはあまり好みじゃないのでアンペグ派だ。

他人の海外旅行に「いいね!」を押さないために

f:id:hyonoh:20181101174019j:image

なぜ、SNSで日々流れてくる他人の海外旅行の写真はとても退屈なのだろう。

知らない外国人に囲まれてニコニコ笑う知り合いの顔、スマホの小さな画面越しに見る観光名所、カラフルな料理と魚たち。この情報過多社会はそれら全てを記号のように味気なく変換し、広重の浮世絵を見ている方がはるかに面白いという状況を逆説的に発生させている。

 

日本の、それも関東平野すらろくに出たことのない私がヨーロッパ各地を巡る約一ヶ月間のツアーに行くことが決まったのは、今年のまだ雪がちらつく時期だった。知り合いの知り合いという程度で面識のなかった10歳ほど歳上のミュージシャンから唐突に「ヨーロッパに行けるベーシストを探している」と誘われたのだった。

特に断る理由もないが、私はベースを持っていない。*1そもそも金欠のあまりDTM機材もパソコンもベースもギターも売り払っており、持っているのは打痕だらけのオルガンくらいなものである。

そんな状況なのでまずオルガン奏者として彼らのライブに参加することになった。これはまぁまぁ楽しかった。

 

その後、ツアーに備えセカンドストリートでメーカーもわからぬ5000円のベースを購入。ツアー後はヨーロッパで売り払い荷物を減らす算段である。

しばらくそれをスタジオで使用していたが、そんな安物をヨーロッパまで持っていこうとする不心得な姿勢を見かねた知人がFenderのプレシジョンベースを貸してくれることになった。

うかうかしているうちに彼らの新譜LPもヨーロッパで発売され、10月終わりから12月初めまでの渡航も決まった。8ヶ国ないし9ヶ国をめぐり、30公演ほど行うツアーだ。渡航費を溜めるために某オルゴール等の購入は断念したりしたが、まあ仕方のないことだったのだと思う。愛という名のドープを買うには金がいる、というだけの話だ。私は別のドープを買ったというわけだ。

そんなこんなで渡航の日はあっという間にやってきた。ここからは日記形式で綴りたい。

 

10/28  成田-モスクワ-ローマ
10時15分、成田空港のアエロフロート窓口にてリーダー以外のメンバーが集合、荷物を預ける手続きを行う。今思えばこの時点で全ての歯車が狂い始めていたのだったが、誰も気付く者はいない。
昨晩パッキングした荷物の重さはベースやギターのハードケース含め全て30キロ以下であり、我々は余裕をこきながら待っていたのだが、サイズの確認後職員から伝えられた超過料金はなんと3人で9万円という法外なものだった。*2格安の航空券を手配した際に起こる悲劇のひとつである。今回はアエロフロートモスクワ空港に向かい、アリタリア航空でローマ、フィレンツェを経由する二社使用経路のため、サイズ超過した荷物の輸送費が倍プッシュされるということを誰一人知らなかったのだ。この時点で全員の気持ちが激しく萎えるが、今更変更も出来ないので領収書だけを保管しそのまま向かう。
 
12時20分、成田-モスクワ間飛行機が出発。9時間半ほどかかる見込みだが、当然エコノミーなので血栓や痔の恐れがある。だが特に対策出来ることはないので、諦めて親鳥の帰りを待つヒナのごとく機内食に期待する。
f:id:hyonoh:20181101173030j:image
 
日本海上空で備え付けのクソゲーに興じる。退屈な時の流れをより一層深く感じさせるような仕上がりにはある種の感動すら覚えるが、まだ超過料金のダメージを引きずっておりあまり楽しめない。
 
f:id:hyonoh:20181101173007j:image
カバロフスク上空あたりで機内食拝領。ビーフ煮込みと麺、寿司サラダになぜかパン。ケーキと食後の紅茶。
16時半ごろバイカル湖付近の上空を通過。氷の大地が美しい。
f:id:hyonoh:20181101194719j:image
機内でイーストウッド監督作「15時17分、パリ行き」を鑑賞。(メモにはイーストウッドのパリ行きのアレと記されている)、なんだか我々と似たようなシチュエーションで過激派のテロに遭う主人公たちを観て不安になる。
19時半、不慣れな飛行機にいい加減ウンザリしてくる。だがロシアの大地はひたすらに広大で、モスクワは遠い。
f:id:hyonoh:20181101173728j:image
20時、機内食拝領。白身とエビのグラタン的なもの、シーフードサラダ。パン、コーヒー。
空が明るいままなので今何時なのか全く感覚が失われている。
 
21時半、モスクワ空港に到着。人生初の海外だが、長髪で怪しげな服装のアジア人たちは降りて早々にロシアンロリたちのゴミを見るような視線に晒される。
そのまま急いでアリタリア航空の乗り換え窓口に向かい荷物の引き継ぎ書類を提出するもロシア人職員たちは書類を一瞥するのみでそのまま窓口を通過、我々も特に疑うことなくローマ行きの便に搭乗。しかしこれがのちに大きな悲劇を生むことになる。
 
27時ごろローマに到着。現地時間では21時くらいだ。
現地時間22時にツアーマネージャーが待つフィレンツェ空港に到着。だが、預けてあるはずの荷物や機材が一切出てこない。一気に吹き出る冷や汗。
f:id:hyonoh:20181101192538j:image
窓口に拙い英語で荷物がないことをまくし立てると、ウンザリした様子の職員に書類を書くよう伝えられる。ツアーマネージャーのエド(仮名)に事情を電話してもらい、不安と手荷物だけを抱え空港の駐車場でエドの車に乗せてもらう。
エドエレクトロニカとワサビを愛する物静かでクールな男だ。彼の運転で投宿先に着いた頃には日本を出て20時間以上が経過していた。
 
とても綺麗で文化的な雰囲気の家だが、空調がなく寒い。荷物も機材もなく不安と寒さに震えながらTwitterを開き、いつもと変わらぬ調子で流れ続ける二次エロの数々にほんの少し安心を覚えたあたりで即寝成仏。
f:id:hyonoh:20181101195001j:image
 
 10/29 フィレンツェ

明け方、寒さと激しい雷雨の音で目が醒める。

荷物はやはり空港職員の怠慢でモスクワに足止めされているらしく、最悪31日のライブまでに間に合えばいいと諦めてエドの案内でフィレンツェ観光に赴くことにする。

丘の斜面一面に広がるオリーブ畑が美しい。

f:id:hyonoh:20181101201748j:image

フィレンツェの街はやはり美しい建築が売りのイタリアらしい観光地らしく、巨大な教会やレコード屋に寄ってしばし楽しむ。

f:id:hyonoh:20181101202625j:image
f:id:hyonoh:20181101202614j:image

レコード屋で60sイタリアンビートポップグループのリイシュー盤を購入。

昼食は屋台のパニーノ・ランプレドット(牛の胃のスパイシー煮込みをパンに挟んだもの)とワイン。意外な組み合わせだが、モツ煮好きとしてはたまらない。

f:id:hyonoh:20181101203005j:image

本場のジェラートに感動、これからあまりチャンスがなさそうなので市場で日持ちする土産を購入したりとしばし荷物の不安を忘れ普通の観光客として振る舞う。

f:id:hyonoh:20181101203130j:image

f:id:hyonoh:20181101203321j:image
f:id:hyonoh:20181101203312j:image
f:id:hyonoh:20181101203256j:image

だが、フィレンツェの街で4つ星ホテルのトイレを借りたりしているうちに突如空が暗くなったと思うと逃げる暇もなく雷と共にシャワーのような横殴りの雨が我々を襲った。着替えは全てモスクワだが一瞬のうちに全員が全身ずぶ濡れになり行動不可能、嵐の中投宿先に避難する。

やっとの思いで投宿先に着くと電気がつかない。なんと先ほどの嵐で停電しており、携帯の充電もWifiも使えない状況になってしまっていた。また、他のメンバーはフィレンツェの街で拾った野良WifiによってFacebookアカウントをハックされ、ログインすらできない有様。そして全員相変わらず体はずぶ濡れのまま、なんとも言えない嫌な雰囲気が広がる。

暗闇の中キャンドルを発見し、なんとか火をつけるとエドが「Emergency lightを見つけた!」と言って馬をどこからか持ってきた。濡れた体に乾いたユーモアが染み渡るが、マジで暗い。

f:id:hyonoh:20181101204528j:image

イタリア語でしきりに誰かと連絡を取り合っているエドが「サプライズがある!」と言って我々を集めた。嫌な予感がする。

それはツアーエージェントのルカの通達ミスにより31日に予定されていたローマ公演が明日30日に変更になったという内容だった。そして時を同じくしてリーダーと我々の機材を乗せる予定の便が先程の嵐で欠航したという知らせも入ってきた。様々な問題が同時進行で起きているうえに、誰も全貌を把握しておらずWifiで連絡も満足にとれない。エドにスケジュールの件を訪ねても、俺はドライバーなのでそこまで知らないとのことだった。俺のココロには今まさに重大な葛藤が生じていたが、それを解決してくれるBotさんやら司書さんとらやらはイタリアにおけるサービスを行なっていないらしい。普段喋れるはずの語彙も出てこないほどに頭が混乱し、服も臭い始めそうでストレスも膨らみ続け、何を最初に解決すべきかわからなくなった。パニックに近かった。

 

とにかく明日の公演に必要なレンタル機材のリストをルカに通達してもらい、フィレンツェの駅から3駅先の別の投宿先に向かうことになった。駅で乗り方と行き先の駅名をエドに細かく教えてもらい、そこで別れた。

行き先の駅で我々を迎えたのがツアーエージェントのルカだ。涙目ではないのだがテンションがやたら高く口が達者で、自分の失敗も勢いで押し切ろうとするのでなかなかの曲者である。

彼の車に乗ってツアーの物販、150枚のLPを受け取り新しい投宿先に向かう。そこも清潔で広く、パスタとビールでもてなされる。パルミジャーノかけ放題はイタリアらしく嬉しい。

f:id:hyonoh:20181101211335j:image

また、もしかしたら明日の便で一部の機材とリーダーが着くかもしれないという知らせもそこで受け、シャワーも借りることができた。

不安が少し和らいだ所で強烈な睡魔に襲われ、22時ごろには意識を失う。

 

(続く)

*1:私は以前バンドでベースの経験があるというだけで基本的にはキーボード奏者である。

*2:断念した某オルゴールとほぼ同価格である。

ソフト・マシーン (Soft Machine)という奇妙なバンドのファンを増やしたい

ジョジョの奇妙な冒険の第5部アニメ放送が始まりましたね、作中でブチャラティたちを襲うパッショーネのギャング、マリオ・ズッケェロのスタンド*1名であるソフト・マシーンも他のスタンド同様洋楽由来の元ネタがあります。

 

ソフト・マシーン - Wikipedia

f:id:hyonoh:20181021015649j:plain

彼らの経歴を平たく言えば、60年代後半の英国サイケシーンにPink Floydらと同時期にデビューし、サイケデリック・ロックにジャズの要素を加え闇の魔術で煮込んだような独特の音楽性を確立、名盤を数多く残したものの70年代半ばには失速し自然消滅した。というグループです。Pink Floydのようにバカ売れすることもなく、Yesのように派手な音楽でもなく、King Crimsonのように50年以上芯の通った活動をするわけでもなく、いわゆるプログレッシブ・ロックでも比較的マイナーな立ち位置のグループといえましょう。

 

私はこのSoft Machineという英国のバンドのファンでもありまして、皆さんにこのグループの良さを理解してもらうべく日々布教活動、もとい折伏を繰り返しています。ついには以下のような彼らのライブ音源を公式非公式問わずレビューするブログまで作ってしまいました。(現在更新お休み中)

 

Chronicles of the Soft Machine's Live

 

しかしこの布教活動、今一つ成果をあげられておらず、皆さんの反応もあまり好ましいものではありません。何故なのか、少し総括してみましょう。

 

 1. 音楽性がそもそも難解。

彼らの代表作として真っ先に挙げられるのが1970年発表の三作目「Third*2です。前述したサイケロックとジャズの融合を最も早く成し遂げた名作として語られる本作ですが、洋楽初心者がディスクレビューを読んで聴き、そして彼らの音楽に今後二度と触れなくなる、という最大の悲劇を生んでいるアルバムでもあります。

原因はアルバム冒頭から5分以上延々と流れる謎のノイズ。いや、それだけではありません。

一曲目にして彼らの代表曲である「Facelift」の構成はざっとこうなっています。

  1. オルガンを中心とした5分間のノイズ
  2. 曲のテーマ
  3. ファズをかけたオルガンとアグレッシブなサックスによる延々としたソロ演奏
  4. フルートによるぼんやりしたサイケな演奏
  5. 謎のミニマルなサウンドコラージュ
  6. ゆるやかに盛り上がり冒頭のテーマに戻る。


ジョジョのEDでYesの「Roundabout」を聴き、プログレに手を出した初心者リスナーを追い払うかのような抽象的でアヴァンギャルドインストゥルメンタルがここでは19分にわたって繰り広げられます。いやテーマはマジでかっこいいんだって!

このアルバムは同じように20分近い曲が4曲だけ、という攻めた構成となっており、ヴォーカル入りの曲は3曲目の「Moon In June」だけとなっています。こういった構成の長大さは「サビは10秒以内に入れろ!」と言われるYoutube世代には苦痛そのもの。みんな娯楽が溢れてて忙しいんです。

 

2.音楽性もメンバーも変化しすぎる

まずは画像を見比べていただきたい。

f:id:hyonoh:20181021022851j:plain

◆1967年ごろ*3

f:id:hyonoh:20181021022904j:plain

◆1977年ごろ*4

 

 ……同じバンドを名乗るのは無理があるでしょう。

ちなみに二枚目の画像ではオリジナルメンバーがキーボードのマイク・ラトリッジだけになっていますが、彼もほどなく脱退しオリジナルメンバーが誰一人いないバンドとなりました。音楽性も初期はゆるふわサイケポップを演奏していたのがだんだんとジャジーインストゥルメンタル傾向を強めていき、時代性もあってクロスオーバー、フュージョンに接近、最後はミニマルやテクノにまで接近する寸前でグループの核がなくなり自然消滅、数年後思い出したかのようにクラシカルなイージーリスニングアルバムを残して解散しました。

 

あまりにも変化する音楽性ゆえに他人に勧めづらく、ゆえにリスナー同士が出会っても話が噛み合わないことがほとんどです。

例えばギター好きは有名ギタリスト、アラン・ホールズワースが在籍した後期のフュージョン路線な「Bundles」を推し、

◆ハードでわかりやすいですよね。

 

サイケデリック好きは2作目「Volume Two」を推します。かくいう私も最も好きなアルバムです。

Soft Machineで一番好きな曲です。クラムボンもカバーしてるぞ!

 

前述した「Third」で唯一のヴォーカル入りナンバーを作曲した、ドラマーにしてヴォーカル担当のロバート・ワイアットは脱退後ソロ歌手としても支持を集めました。決して歌唱力があるわけではないのですが独特の個性ある歌声を持っており、坂本龍一ビョークの作品にも招かれるなど、ミュージシャンズ・ミュージシャンとして長年愛されています。

 

3.ルックスがなんかむさくるしい

重要な条件です。同じ洋楽でもThe BeatlesQueenがなぜ長年にわたり愛されるのか?やはりポップな音楽にはポップなルックスが大事なのです。

f:id:hyonoh:20181021025707j:plain

この頃はまだ良かった。

 

f:id:hyonoh:20181021030129j:plain

たった2年後の姿。

 

f:id:hyonoh:20181021025735j:plain

ああもう駄目だ。

 

音楽性が難解になるにつれて度重なるメンバーチェンジ等でルックスもだんだんとオッサン化(実はみんな20代か30代前半なので若い)。ハゲとヒゲのメンバーばかりに。何歳になってもナイーブ感溢れ前髪で目元隠しちゃってる系邦ロッカーを愛するようなサブカル女子*5からすればこれはバンドマンではなくなんか年齢不詳で怪しい男の集まりでしかないでしょう。

 

4.とにかく

 

f:id:hyonoh:20181021032456j:plain

ざっと見ても初期は「あんまり歌が上手くないサイケ」、中期は「キマりすぎてて怖い音楽」、後期は「爽やかさのないフュージョン」と、日本人に受けない要素たっぷりのグループであることは何となくご理解いただけたでしょうか。

しかしその落ち着かない音楽性がゆえにもたらされる過渡期の面白さ、ロックとジャズが奇妙に入り混じった瞬間には独自のカタルシスがあり、一度入り込めれば音楽への新たな扉が開かれることは間違いありません。一回聴いて好きじゃないと思った方はそのうち思い出した頃に聴いてみてください。

 

……とはいえ、普段から70年代の洋楽に親しんでいないリスナーがいきなり聴いて好きになるような音楽じゃないということは間違いないんで、そこはご了承下さい。

 

◆ワイアット/ホッパー/ラトリッジの3名だけで演奏される「Moon In June」。途中ドラムスティックを落としても演奏をやめない姿勢がロックっぽくていい感じ。

 

◆1980年に実質ジェンキンスのソロワークとして発表された最終作からの一曲。完全にバンドとして燃え尽きたであろう空虚な美しさがある。



 

*1:効果が今一つパッとしないっぽいが、実は主人公チームを一番追い詰めたスタンド使いだった。メタリカみたいな戦闘に全振りのスタンドより日常で汎用性ありそうだし。

*2:レコーディング時のメンバーはマイク・ラトリッジ(キーボード)、ヒュー・ホッパー(ベース)、ロバート・ワイアット(ドラム、ヴォーカル)、エルトン・ディーン(サックス)、この4名が中心だった時期が一般には全盛期とされています。

*3:左からケヴィン・エアーズ、ロバート・ワイアット、マイク・ラトリッジ、デヴィッド・アレン。アレンはのちにフランスでGongを結成。

*4:一番左のカール・ジェンキンスはのちにアディエマスというイージーリスニング、癒し系音楽で成功をおさめます。

*5:Art-Schoolクリープハイプなどへの傾倒を示すホモ・サピエンスの亜種、V系を愛するバンギャとは異なる生得的ニッチによって棲み分けている。